所得倍増計画をわかりやすく!その効果と結果について。

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“高度経済成長”って言葉聞いたことあるかな?(受験生なら絶対聞いたことあるよね)

 

1950年代から70年代にかけて、ものすごい勢いで日本の経済が大きくなっていった時期のことを示す言葉だね。

この時期の爆発的な成長が、今の「先進国」日本に押し上げたともいえるほど大事な出来事だった。

 

今回はその火付け役となった政策の所得倍増計画について見ていくよ。

所得倍増計画を簡単に言うと・・・

 

“所得倍増計画”ってなんかすごい字面だよね(笑)。

この所得倍増計画は、本当にその名の通り「国民の所得を倍にするぜ!」という池田勇人首相の政策のことだ。

 

より詳しく言えば、「1961年からの10年間で国民所得を倍増させる。そして失業状態の国民をなくして医療サービスも徹底した国を作るん!」という計画だった。

一年あたりの経済成長率を9%にしてそれを維持する、というものなんだけど、これ今では考えられないくらいの経済成長スピードなんだ。

 

今なんて1.21%だからね、日本の経済成長率。

 

ちなみに、9%の経済成長って目標は、当時からしても「そんなの無理だろ」と当初は考えられていた。

経済学者なんかは「とんでもないバカがいたもんだぜ」と痛烈に批判していたらしい。

 

しかし!池田首相の考えは違ったんだ。

 

所得倍増計画で行われたこと

 

1964年には、戦後日本の一大イベントである「東京オリンピック」が控えていた。

池田首相はココに目を付けた。

 

東京オリンピックを開催するためには、競技施設を作らなきゃいけない。それに観客が東京に来やすくするため速い鉄道を作んなきゃいけないし、高速道路も作らなきゃいけない。

 

当然、ものすごい数の労働者が必要になるね。

 

これって裏を返せば、「失業者がほとんどいなくなる」ってことになるよね?

仕事がない人はみんな国がやる道路づくりや鉄道づくりをやればいいわけだから。

 

 

こういう「国が公共事業を積極的にやって雇用を生み出す」という政策を「ケインズ政策」とか言ったりするんだけど、これは経済を成長させるには当時有効な政策だったんだ。

 

とまあ、こんな構想を池田首相は練っていたわけだけど、これが大成功するわけだ。

 

東海道新幹線の開通首都高の建設に加えて、これを支える重化学工業地帯が生まれ(太平洋ベルトってやつだ)、技術も飛躍的に向上した。

 

その結果、予定していた10年よりもずっと早く、わずか4年ほどで国民所得倍増を達成してしまう。

10年後には4倍近い国民所得になっていた。

 

これが所得倍増計画の全貌。

池田首相は、経済を強くすることで日本を戦後の日本を発展させようとしたんだね。

 

 

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