尊王攘夷運動をわかりやすく説明しろと。

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このブログを順々に読んできてくれた人は「尊王攘夷運動」についてはもう大丈夫だよね。

え?私は初めてこのブログ見たって?じゃ1から読み直せよ!!なんてそんな鬼畜なことは言わないから安心して。今一度、尊王攘夷運動について解説するよ。

今まで、読んできた君も尊王攘夷を復習するつもりで読んでみてくれよ。終わったら何するんだっけ?そうアウトプットだよね、良い子だ。

では、尊王攘夷運動について考えてみよう。

尊王攘夷論とは

 

尊王論=天皇サイコー!!
攘夷論=外国人うっぜぇ!!

 

だったよね。この2つが合わさって尊王攘夷論なわけだ。

これは、政治思想なの。尊王攘夷論ってのは、政治の考え方のことね。特に長州藩の下級武士を中心に尊王攘夷の機運は高まっていたんだよ。

君が理解しなきゃいけない、流れってのは何故この尊王攘夷論が大ブームだったか?ってことだ。
時系列で考えてみよう。

○1639年  鎖国完成
外国人来ちゃだめ、日本人帰ってきちゃだめ、オランダは長崎で貿易するよ。

○1853年 ペリー来航
外国人強い。やべぇ。

○1854年 日米和親条約
不平等条約を結ばされた。

○1858年 日米修好通商条約
井伊直弼が勝手に条約結んじゃった。




江戸幕府、大丈夫なのかよ!!!
外国に有利な契約ばっかりしやがって!!!

って考えるわけだ。

江戸幕府が信用できないから、天皇に権利を戻すべきだよ、って考えと。

外国にうっとうしいことばっかされてっから、外国人なんて潰そうぜ。って考えに一般的な人たちはなるわけ。

ここまでが尊王攘夷論ね。わかったかな?

論って言ってるくらいだから、考え方の話だよ。

 

じゃあ、尊王攘夷運動って何?

 

さっき話した尊王攘夷論を持つ人たちが、起こした事件や出来事を総称して尊王攘夷運動って言うよ。

桜田門外の変
ヒュースケン暗殺事件
東禅寺事件
イギリス公使刊焼打ち事件
生麦事件
薩英戦争

これら全部が尊王攘夷運動の結果として考えられるね。

 

結局のところ、薩英戦争で「やっぱり外国って強いね、攘夷は難しいかもね」という気持ちになっていくわけ。

外国人を潰そうぜって考え方だったわけだけど、薩英戦争のおかげで外国の強さを実感したってところかな。それからは「攘夷は難しそうだから討幕しよっか」って考えに転換するよ。

 

これが尊王攘夷運動だね。

わかったかな?やはり日本史ってのは流れがあるから、1つの事象だけ理解しようとしても難しいね。関連記事をいくつか読んでもらえれば、尊王攘夷の機運が高まった理由についても触れてるから、ちょっと見てみてよ。

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