島津斉彬は集成館事業で藩を大幅強化!西郷隆盛も育成

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前回まで、調所広郷が行った藩の財政改革について見てきた。

広郷の活躍によって、藩の財政は一気に好転。

 

ここで増えた資金を、薩摩藩主・島津斉彬(なりあきら)強力な軍事力の育成、殖産興業に注ぎ込んだ。

 

富国強兵に成功した名君と言われている。

 

今回は、そんな斉彬について見ていくよ。

 

集成館事業で製鉄・造船・紡績業が成長

 

斉彬が藩主に就任して真っ先に行ったのが、「集成館事業」と呼ばれる事業。

これは、日本で最初の「洋式産業の工場群」となる。

 

かみ砕いていうと、「外国の最新技術を生み出す工場群」を作ったということだ。

この集成館では

  • 製鉄
  • 造船
  • 紡績

の技術が一気に進歩した。

 

製鉄では、「反射炉(純度の高い鉄を取り出す)」「溶鉱炉(鉄の混じった鉱石から鉄を取り出す)」と言った高度な建物を建設した。

 

製鉄は特に重要だ。

ここでできた鉄を使って大砲や外国風の大きな船を作ったり、武器を作ったりする原料となるからね。

 

紡績業の発達も造船の関係していて、帆船の“帆”を作るために発展していったんだ。

 

更には蒸気機関の国産化をも行い、国産の蒸気船を完成させてしまった。(これはなんと『黒船』が来る前のこと!)

幕府の政治の関わりまくる!

斉彬は、幕府の政治にも積極的にかかわった。

詳しくは今後の記事で書いていくけど、ペリーの乗った黒船が来てからは「幕府と朝廷の力を合わせるしかないっしょ!」と進言したり、「国を挙げて軍事力を増大させるべきだ!」と言ったりした。

 

また、13代将軍に子供がおらず、次の将軍をどうしようかという「将軍継嗣問題」にも口を挟んでいく。

また、幕末における主人公の一人、西郷隆盛も積極的に使っていたことでも有名だ。

 

まとめ

島津斉彬は、積極的に外国の技術を取り入れたり、先進的な産業を発展させたりすることで明治維新後も活躍していくような大きな力を得ることになる。

 

先見の明をもっていた斉彬は、まさに名君と言えるだろうね。

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