シーボルト事件を簡単にわかりやすく。シーボルトはスパイ?【前編】

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前回は、日本にやってきたドイツ人医師。シーボルトについて見てきたね。

 

長崎で日本の植物について研究を進める傍ら、鳴滝塾を開いて高野長英ら蘭学者らと関係を持っていたんだったよね。

 

そんなシーボルトだったけど、ある問題を引き起こす。

それが、「シーボルト事件」だ。

『大日本沿海輿地全図』の写しを持ち出した!

 

シーボルトは、1826年にオランダ商館長が江戸に向かうときに同行した。

道中日本の様々な自然を研究したかったからだという。

 

江戸について将軍に謁見したのち、江戸で様々な学者たちと交流を深めていく。

 

その中でも蝦夷探検マスターの最上徳内や、蛮書和解御用を作った天文方の高橋景保との関係は特に重要だ。

徳内はシーボルトに北方の地図を贈られ、景保からは伊能忠敬の『大日本沿海輿地全図』の写しをもらった。

代わりに景保には世界地図を贈ったという。

 

 

しかし、これは非常に大きな問題行動だったんだ。

『大日本沿海輿地全図』は当時、国家機密のひとつ。

景保はそれを海外に流出させてしまったんだ。

 

当然これは幕府からしてみればれっきとした背信行為。

見つかれば当然処罰は免れない。

 

このまま何も起きずに、シーボルトが日本から出国できればよかったんだけど・・・。

 

【後編に続く】

 

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