生麦事件・薩英戦争のきっかけ島津久光

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俺はね、ここが本当にややこしくて大学受験の時はなかなか覚えられなかったよ。

島津斉彬(なりあきら)の弟、島津久光ね。ヒサミツ。HISAMITSU!

島津斉彬と言えば、将軍継嗣問題で一橋慶喜を推した人物だったよね、薩摩藩の。その弟久光がさ!いろいろとやるわけよ。今日はそのヒサミツについて見ていこうよ。

島津久光と生麦事件

日本史ってさ、年号をセットに覚えていくと本当に頭がクリアになるよ。

生麦事件が1862年じゃん?日米修好通商条約からたったの4年の話なんだよ。

生麦事件ってのは、横浜の方でイギリス人4人が大名行列を横切って切られたじゃん。

それ島津久光の一行ね!!

ちゅーことは、島津久光ってのは薩摩藩のお偉いさんなの。

生麦事件と薩英戦争には島津久光が関わっているわけね。

 

寺田屋事件も覚えとき!

(生麦事件からちょっとだけ遡るよ。)

 

そんな島津久光なんだけど、実は外様大名なのね。

だから、政治に参加したかったんだけど、直接政治に参加はできない身分なの。

でもね、ある事件をきっかけに朝廷の信頼を勝ち取るのね。

 

それが寺田屋事件。

薩摩藩士の有馬新七らが、関白を襲おうとするんだけど、久光の使者がそいつらをやっつけちゃうの。

これで朝廷の信頼を勝ち取った久光は江戸の政治に参加するように、朝廷からお言葉を頂くのね。

 

 

今回は本当あっさりしてるけど、島津久光ってこれからも活躍する人物なの。

明治維新でも大活躍っすから。でもすっ飛ばして話すると流れが掴めなくなっちゃうじゃん?だから島津久光の活躍に関してはまた、別の機会でお話するよ。

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