江戸の数学がスゴイ!関孝和は微分・積分までやっていた!?

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前回は、和算を広めた立役者・吉田光由について見てきたね。

日常使いの和算のほぼすべてを網羅した傑作だったよね。

 

今回は、和算を西洋レベルまで高めた偉人「関孝和」について見ていこう。

 

関孝和は江戸の天才数学者!?

関孝和は、中国から入ってきた数学をマネるだけでなく、独自の方法で発展させた偉人の一人だ。

 

小さいころから吉田光由の「塵劫記」をはじめとする数学書を片っ端から読んでいくオタクっぷりを発揮。

 

関孝和のスゴイ話が、円周率の近似値を割り出したこと。

今でこそスーパーコンピューターを使えばもはや小数点以下22兆超えというわけ分からんことになっているけど、当時近似値を求めるのは難しかった。

塵劫記ですら根拠なく3.16と設定されていたしね。

 

孝和は、なんとこの円周率を小数点第11位まで求めていた!

その求め方というのが「ほとんど円の多角形」を使うというもの。

 

計算に使ったのが正131072角形だって(笑)。

 

 

加えて、「発微算法」では独自のやり方で一次方程式を生み出した。y=5x+7みたいなアレね。

今では中学校で習う内容だけど、当時は革新的な発想だったんだよ。

 

おまけに、微分・積分に近いモノまでこなしていた、

まとめ

関孝和によって、和算は非常に高いレベルにまで持ち上げられた。

江戸時代の和算の問題、やってみると面白いかもしれないね。

 

ちょっとやってみたことあるけど、激ムズだったよ・・・。

 

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コメント

  1. 平成の新聞少年 より:

    関孝和は天才だね。

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