明治時代の地方三新法体制とは?

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今日は地方自治についてだよ。

最近じゃ、地方自治体ってのは何かと話題でさ。号泣市議とかいたじゃん?うわーってやつ。あとは地方議会がお遊戯会みたいだとか、財政がうまくいっていないから、ふるさと納税をしたり・・・とかさ。

その地方自治の成り立ち序章というか、1888~90年の地方自治制の前にできた三新法について紹介するよ。

超地味な単元だから、ざーっと呼んで頭の片隅に入れておいてくれるレベルでいいかな。

問題集を解いていて、三新法に出会ったら再度読み直してみてよ。

三新法とは

三新法とは以下の3つをまとめたものだよ。

1、郡区町村編成法(ぐんくちょうそんへんせいほう)
2、府県会規則(ふけんかいきそく)
3、地方税規則(ちほうぜいきそく)

これは1878年に出されたものなんだけど、10年後の地方自治制の確立で廃止されるよ。順番に見ていこうか。

1、郡区町村編成法

前に大区小区制ってのをやったの覚えているかな?

廃藩置県の後に、小区と大区を設けたんだよね。小区ってのはいくつかの町と村を集めて、「お前ら今日から小区」な。

と明治政府が把握しやすいように設置した制度だね。でも、これ不評だったんだよね。まぁ俺でも、今住んでいるとこに、「明日からお宅は○○区になりますんで」と言われてもすんなり受け入れられないしね。当時、住んでいた人たちにとっては地方の実情に合ってなかったんだって。

だから、これを解消するために旧来の群町制に戻したんだって。

それに東京・京都・大阪には「区」を設置したの。
全国 → 小区・大区を辞めて、郡町制を復活!
東京・大阪・京都 → 区を設ける!
ってことだね。これが郡区町村編成法。

 

 

2、府県会規則

これは府と県に「府県会」といいう地方議会を作ったものだね。

各地の地域で民会っていって、集まりというか決まり事を決めたり中央からのお達しをみんなに知らせたいする議会があったのね。

それを全国的な制度にして、ちゃーんと議員を選んで、ちゃーんと会議を開かせたわけ。

選挙権も議員になれる人も結構な税金を払っている人でないとなれなかったんだよ。

この府県会では、選挙をして議員を選んだんだけど、中央集権的体制ってのはそう簡単には変わらなくてね。府県会の権限は弱かったの。

 

 

3、地方税規則
今までの税金を、「地方税」に統一して徴収するように定めた法令だね。

 

 

これら3つを合わせて三新法と呼ばれるものだね。ぜんぶ太政官布告だから、そこもチェックしておいてよ。

明治政府はこういった制度を作っていって地方を統一していこうとしたわけだ。

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