三・一独立運動と五・四運動とは?場所、年号、原因をわかりやすく

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「民族自決」によって自分たちの国のことは自分たちで決めていい、ということになったのだから、

アメリカとか他の国が一丸となって植民地支配をやめさせるのかな、と思ってしまうのだけれど、

そんなことはなかった。

 

これから見ていくのは独立運動なのだけれど、支配されている側がいちいち文句を言わないと「民族自決」という

原理は使われないようだ。

私は高校生からアルバイトを経験していたから身をもって体験してきたのだけれど、社会でも同じことだ。

社会は原理(法律など)をもとに考えたらおかしいことを平気でやってくるからいちいち文句をいわないといけない。

そのことがおかしいということを相手がわかっている場合が多いから、指摘すればすぐに理解してくれるけれど、

非を認めないで強い口調でさらに押し付けてくる人もいるから厄介だ。

 

日本史は社会の構造も映している?

 

さあ、本題に入ろうか!!

 

 

独立運動の原因と理由

 

第一次世界大戦のあとに新しい世界秩序をどうやって作っていくのかが問題になったんだ。

 

そこで提唱された新しい秩序の原則は

アメリカのウィルソン大統領による

ウィルソン14カ条!!!

 

ウィルソン14カ条のなかで多くの国々に希望を与えたのが

民族自決(みんぞくじけつ)!!

 

これは「自分たちの国のことは、自分たちで決めていいよ」というもの。

つまりは、他国に征服されることなく、どの国も独立して自らの政治を運営できるよ!という意味なんだ。

 

この民族自決の影響はかなり大きかったんだ。

日本に併合されている韓国や多くの領土が植民地にされている中国には、

他国の政治に操られることなく、自分たちの国を守ることができる!と希望を与えたんだ。

 

 

この民族自決を原因として「俺たちの国も独立するぞ!!」という雰囲気が高まってきたよ。

 

また民族自決が国際的に認められたから、国が独立する理由も得られたってわけ。

 

三・一独立運動と五・四運動とは?場所と年号もわかりやすく

 

ウィルソン14カ条の結果として、独立運動がさかんになったんだ。

日本に関係あるのとしては、まず

三・一独立運動(さん・いちどくりつうんどう)!!!

 

年号は1919年の3月1日ね!!

1919年ヴェルサイユ条約と同じ年号だから二つとも覚えておこう!

 

場所は朝鮮!!

 

この独立戦争は京城(ソウル)の

パゴダ公園(こうえん)

び独立宣言朗読会をきっかけに朝鮮全土へ広がっていったんだ。

 

パゴダ公園は

タプッコル公園(こうえん)

とも言うからね!

 

 

次に日本に関係のあるのは、

五・四運動(ご・しうんどう)!!!

 

年号は1919年5月4日。

1919年はヴェルサイユ条約と三・一独立運動と同じ年だから覚えておこう!

場所は中国ね!!

 

第一次世界大戦で中国も連合国側(日本と同じだね)について戦って勝利したのに、

なんで戦争中に日本が奪った中国のドイツ領を返してくれないの?という考えから起こったよ。

 

中国と日本が連合国側について、仲間として戦って、中国にあるドイツ領を日本が攻めて奪っても、その領土は中国に返されるのが当然だもんね。

 

でもヴェルサイユ条約ではそのことが認められないで、日本のものになってしまったから、そのことに抗議したんだ。

 

その抗議が五・四運動ね!

 

まとめると

 

三・一独立運動の場所は朝鮮。きっかけはパゴダ公園での独立宣言。

 

五・四運動の場所は中国。きっかけはヴェルサイユ条約への抗議。

 

そして両者ともウィルソン14カ条の民族自決を原因としているんだ!!

 

 

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