鎖国ってなんだ!?~鎖国政策と奉書船~

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前回までは三回に分けて、江戸時代初期の外交について見てきたね。

リーフデ号事件、田中勝介、支倉常長の慶長遣欧使節、そして糸割符制度・朱印船貿易。しっかり理解できたかな?分からないことがあったら今すぐ戻るべし!

 

さて今回は、いよいよ江戸時代名物(?)の鎖国政策!!

リーフデ号事件の件でちょろっと言った「出島」とかもここで詳しく見ていくよ。

じゃあいこう!

鎖国って要するに何なの?

鎖国は主に2つの目的があるんだ。

一つは、キリスト教の禁止、もう一つは貿易の統制。この二つの理由、今までの話を見てくれてた君なら分かると思う!寺請制度や禁教令、外交の話で見てきたね。

それで、この二つの目的を達成するために、「日本人の海外への渡航禁止」・「外国船の来航規制」をやったわけだ。これが鎖国政策の根幹。三代将軍徳川家光が中心となって展開したよ。

奉書船

奉書船って、前回やった朱印船にちょっと似てるよね。実際、結構似てるんだ。

何かっていうと、“老中”が出した(ココ注意!)奉書を持つ船のことなんだ。ってほとんど朱印船と同じじゃないか!!

 

なんでこんなことしたのかって思うよね!?答えのカギは朱印船が持ってる朱印状は「大名・将軍」が発行してたってコト。

 

もともと朱印船貿易のシステムは家康が作ったもので、将軍が個人的に朱印状発行したものも結構あったんだ。

 

それが鎖国政策を行うにあたって、かなーり邪魔な存在になっちゃった。鎖国政策するんだからあんまり渡航許可とか与えたくないのに、許可証持ってる人がいっぱい居るわけだからね。

 

かといって初代将軍の家康さまが出したものを「やっぱそれダメでーす」なんて言えるわけがない。で、悩んだ末に出た答えが、「朱印状と奉書両方持ってないと渡航許可あげないよ」ってシステムにすること。

 

こうすれば朱印状を否定せずに許可証をコントロールできる。

こういったこともあって段々朱印状の意義は薄れていって、やがて朱印船は消滅するよ。

 

今日は一旦ここまで!次回は鎖国令と長崎の出島について見ていこう。

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