坂本龍馬の船中八策(せんちゅうはっさく)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

前回は坂本竜馬の仲介で薩摩と長州が同盟を組んだ話をしたね。

薩摩も長州ももともとバチバチやってから、藩の面目を気にしてなかなか同盟できなかったんだよね。木戸孝允と西郷隆盛は10日間も同盟の話出せなかったらしい。

そんな2人に恫喝したのが、坂本竜馬。大胆で気さくの人物だったらしく、「同盟ぜよ!」って言ったとか言わなかったとか。

今日はそんな坂本竜馬の功績と坂本竜馬が起草した船中八策についてだよ。

坂本竜馬について

 

さて、坂本竜馬について重要なことを見ていこう。

・土佐藩脱藩
・勝海舟との出会い

・亀山社中(海援隊)を結成
・薩長同盟を実現

もう言わなくてもいいかもしれないけど、大学受験の日本史で重要なことしか俺は取り扱わないよ。

坂本竜馬ってなぜか超人気者だから、いろんなエピソードあるんだけども覚えておいて欲しいのは上の3つ。

・土佐藩脱藩

坂本竜馬は、1862年に脱藩を実現してるよ。

当時の土佐藩ではすでに脱藩して京都に向かっているものもいたんだよね。薩摩藩の島津久光が公武合体を動きを進めている時に、土佐藩は二の足を踏んでたからさ。

いてもたってもいられなかったんじゃない。

 

・勝海舟との出会い

遣米使節に随行した勝海舟は開国主義だったよね。

そんなお国開く主義の勝海舟のことを最初は斬ってやろう!と坂本竜馬は思っていたわけ。

でも、世界情勢と海軍の必要性について勝海舟に教えてもらった竜馬は感服するわけ。これが船中八策につながるよ。

 

・亀山社中を結成

亀山社中という株式会社のような、貿易会社を設立するよ。

亀山社中は後に海援隊という名前に改名。亀山社中がもっとも尽力したは、長州への武器提供。

長州は外国船攻撃しちゃったから、外国から武器を購入することができなかったわけ。だから薩摩藩が購入した武器を仕入れていたのね。

薩摩藩はお米が無くて困っていたから長州藩から仕入れていたの。この中継ぎをしていたのが、坂本竜馬の亀山社中。

・薩長同盟を実現

これはもういいよね。

外国と戦ったことのなる両藩は攘夷が不可能だと判断して、弱体化している江戸幕府を倒すことが目的になるよね。

でもなかなかメンツがあって同盟できなかったの。その両藩をつなぎ合わせたのが坂本竜馬だよね。

 

 

船中八策の内容

 

船中八策(せんちゅうはっさく)は1867年。薩長同盟の翌年の話!

なんで船中八策という名前かと言うと、実際に船の上で坂本竜馬が後藤象二郎に対して口頭で話した内容を書きとめた8つの策だから。

船中八策の名前の由来がわかると覚えやすいかもね。

 

日本を統一国家にするための8つの策が書かれているよ。

別に覚えなくてもいいけど、こんな内容だね。

1、大政奉還
2、上下両院の設置による議会政治
3、有能な人材の政治への登用
4、不平等条約の改定
5、憲法制定
6、海軍力の増強
7、御親兵の設置
8、金銀の交換レートの変更

かなり近代的な内容でビックリっしょ。てか、そのまま明治維新につながる内容だからね。

2院制なんては当時の日本からしたら、超最新的な仕組みだよね。これは世界で初めて2院制を採用したイギリスの影響を大きく受けている。

上下議政局を設置しようとしたなんて・・・スゴイなー。議政ってのは「話し合って政治を行うこと」だよ。

 

坂本竜馬は中岡慎太郎とともに京都で暗殺されてしまうけど、今でも多くの日本人に愛されているね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

当ブログの有効的な使い方

「大学受験の日本史を極めるブログ」は使い方1つで、結果が大きく違ってきます。

・国公立・早慶レベルまで知識を深めるには?
・知識を定着させるアウトプットの方法は?
・良くわからない時はどうしたらいいの?

そんな悩みを解決する、当ブログの使い方をじっくり読んでみてください。

当ブログの使い方はコチラ

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*