サイパン島の戦いと陥落、玉砕の意味とは?東京大空襲のきっかけ

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さて、前回・前々回で太平洋戦争のターニングポイント、「ミッドウェー海戦」と「ガダルカナル島の戦い」を見てきたね。

 

この二つの戦いによって、日本軍とアメリカの力関係が完全に日本<アメリカに傾いたんだったよね。

日本の敗北はここからさらに加速していく。

 

なかでも今回見ていく「サイパン島」をめぐる戦いは、忘れられない“原爆投下”にも関係する重要な戦いだよ。

 

詳しく見ていこう。

 

絶対防衛圏・サイパン

 

サイパン島と聞くと、今では「観光地!」「リゾート!」なんてイメージが強いよね。

だけど太平洋戦争中、サイパン島は激戦地だった。

 

サイパンは日本に近いので、もしここがアメリカの手に落ちてしまうと「本土爆撃」が行われてしまう危険性がとても高かった。(実際東京大空襲とかが起こる)

というわけで、日本はなんとしてでもこのサイパン島を守らなくちゃいけなかった(絶対防衛圏という)。

 

日本はありったけの兵力をつぎ込む勢いでサイパン島に軍を送った。その数3万。

日本側は、「これだけの兵がいれば守り切れる」と意気込んでいたんだけど・・・。

 

対するアメリカも相当数の兵を持ってきた。これがなんと6万。

つまりこの時点で倍近くアメリカの方が戦力あったわけだ。

 

結局アメリカ軍に上陸されてしまい、しばらく互いに譲らない戦いをしていたもののやっぱり物量に押され、劣勢になっていく。

 

終いにはまた食糧不足になってしまい、もう後がない日本兵は捨て身で突撃し「玉砕」(全滅すること)してしまう。

民間人の死者も多かった

 

このサイパン島での戦いで特に悲惨なのが、兵士のみならずサイパンにいた民間人にも多くの死者を出してしまったこと。

日本とアメリカの激しい戦闘で死んでしまった人ももちろん多かったんだけど、民間人の「自決」が多かった。

 

現在のサイパン島での観光名所となっている「バンザイクリフ」「スーサイド(suicide、自殺という意味)クリフ」というのは、その時の名残。

「アメリカの捕虜になんかなるか!」と言ってこの崖から民間人が次々自殺してしまったんだ。

 

サイパン島での日本軍玉砕の結果、日本兵士の戦死者は3万(ほぼ全員死んでしまったんだね。残ったのは捕虜になった1000人程度だという)。

そして民間人の犠牲者も1万人近くいた、という。

サイパン島が奪われた結果

 

日本が当初から危険視していたように、サイパンとその周辺の島がアメリカ側にとられてしまったことはこれ以上ない痛手だった、

アメリカの爆撃機が直接日本に爆撃できる状態になってしまい、東京大空襲をはじめとして日本各地に爆撃が行われるようになった。

 

空襲によって日本本土ではとんでもない数の民間人死傷者をだすことになってしまった。

アメリカ側としては、民間人を多数殺すことで戦意を削いではやく日本を降伏させたかった狙いもある。

 

また、原子爆弾を落としたことで知られている爆撃機「エノラ・ゲイ」とかもこのサイパン付近の島から発進している。

 

サイパン島を取られたことで、日本は民間人にものすごい被害を出すことにつながったんだね。

日本の敗戦が決定的になった戦い、とも言われている。

 

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