シベリア出兵とは?わかりやすく ロシア革命後になぜ?

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ナポレオンのロシア遠征といい、今回とりあげるシベリア出兵といい、ロシアは攻め入る敵に対しては相当強い。

 

やっぱり寒いのに慣れてないとロシアの領土内で戦うのは大変なことなんだろうね。

アメリカが共同出兵を呼びかけてロシアへ攻め入った時点で「ロシア終わったな」と思ったんだけど。

 

日本も島国だったおかげで江戸時代の終わりまであまり他国に攻められずに済んだし、気候や土地も国の強さに結構関係しているんだね。

 

それじゃあ、本題にはいるよ!

 

シベリア出兵のきっかけはなんといっても

ロシア革命(ろしあかくめい)!!!

 

年号は1917年ね。

指導者は

レーニン!!

 

この革命によって帝政が倒されて、

ソヴィエト政権(せいけん)

が樹立されたんだ。

 

レーニンは労働者の国家をつくるぞ!!とかなり燃えていたんだ。

いままでの皇帝とは違った政治をするぞ!!って。

 

ということでまず、ソヴィエト政権はドイツと条約を結んで、第一次世界大戦から離脱するよ。

連合国(ここで詳しくやったよ)としてロシアは参戦していたから、他の連合国のアメリカやイギリスなどはビックリしてしまったんだ。

 

「もしかしたらこのままドイツの勢力がロシアに及んでしまうかもしれない。」

そう心配してアメリカは共同出兵を呼びかけるよ。

ロシアへ軍を派遣してもとの皇帝による政治に戻そうとしたんだ。

これが

シベリア出兵(シベリアしゅっぺい)!!

でもそんな大っぴらにソヴィエト政権を潰すためとは言えないから、理由をロシアに残っている

チェコスロヴァキア軍

を助けるため、としたよ。

 

アメリカ、イギリス、フランス、日本が出兵したんだ。

 

でも結局はたいした成果もえられずに解散して、シベリア出兵は終わってしまったよ。

 

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コメント

  1. ああ より:

    社会主義が世界に広まるのを恐れたから出兵したのでは?

    1. jahistory より:

      コメントありがとうございます。

      社会主義が世界に広まるのを恐れた、という側面もあるにはあります。
      しかし、それはイギリスやフランスの思惑であり、日本の真の目的は別にあったと考えられています。

      非常に込み入った話なのですが、当時日本ではアメリカの共同出兵要請に対し「ちょうどいいから出兵ついでに領土拡大しようぜ!」派と「アメリカとの協調をあくまで重視して、領土広げるとかはやめようぜ」派が対立していました。
      そのため、とりあえず「ロシアの内政には干渉しないよ」としたうえでシベリア出兵を行いました。

      しかし、統帥権を持つ陸軍は勝手に増援を送り込み、多数の兵をシベリアに送ってしまいました。
      また国内でも次第に「領土拡大」派が優勢になり、政府は陸軍のアメリカとの協調を無視した行動を黙認するようになります。

      こういった流れを読むと、日本のシベリア出兵は「アメリカとの協調関係を強めたかった」、のちに「領土を拡大したかった」という真の目的によるものが大きいと考えられます。

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