ペリー来航で阿部正弘が大活躍!

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今日は老中の阿部正弘についてだよ。

阿部正弘ってさ、割と偉大な人物で日米和親条約を締結した人物なんだよね。まぁペリーの黒船の印象がでかすぎて、安倍正弘って割と下火だけど。

サスケハナ号って船の名前もインパクトあるしね。プチャーチンもね。

そこで、阿部正弘だから・・・。阿部だし、正弘だし。ちょっとインパクトに欠けるかね。阿部正弘って日米和親条約を締結した人物なんだけど前後にも色々やってるわけよ。今日はその辺についてだね。

目玉の安政の改革は別の機会にするよ。

阿部正弘の活躍

まぁ何度も言うけど、阿部正弘が日米和親条約を締結したわけだね。

これは大学入試にも出るから何度も言うよ。

前にさ、ペリー来航の7年前にビッドルが来たよ!って話したの覚えてる?そうあのお茶目なビッドル!

そのビッドルが来た時も阿部正弘が対応してて、鎖国を理由に拒絶したんだよね。

この時に、阿部正弘は欧米諸国の脅威を感じて色んな人に相談しまくったわけ。で、その様子が少し頼りなかったから徳富蘇峰は「近代日本国民史」なんかで、「優柔不断で八方美人だよね~」とか言っちゃうわけね。
ペリーが来た時も正弘は相談しまくりだったから。

まず、アメリカ大統領フィルモアの新書を受け取るでしょ。朝廷に相談するじゃん?親藩と外様大名にも意見を求めるわけ。親藩と外様大名って幕府の政治に口出しさせない!ってルールがあったのね。

それすらも変えちゃって、とにかく色んな人の意見きくの。もう切迫してるからね。状況が。

でもね、正弘のこの姿勢は良い部分もあるんだよ。

身分とか気にせず優秀な人は積極的に幕府の職に就かせようよ!

って考えだったから、ジョン万次郎とか勝海舟なんかを「海防掛(かいぼうがかり)」に登用したしね。海防掛ってのは、対外問題を処理する職務ね。

 

ちょっと長くなっちゃったから正弘の武勇伝はまた今度にするよ。

まぁ知っといて欲しいのは、阿部正弘は割と改革派でさ。ペリー来航を機にもっと日本を良くしていこうよ!って考えた人物だよ。

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