織豊政権をわかりやすく。

さあ、今回からいよいよ安土桃山時代において中心となる「織豊政権」について見ていくよ。

織豊、というのは織田信長と豊臣秀吉から一文字ずつとってできた造語だ。

 

安土桃山時代は非常に短いんだけど、ここで数々の社会システムの革新が行われたんだ。

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天正遣欧使節のその後って?弾圧を受けた?

前回は、天正遣欧使節がどういうものだったかについて見てきたね。

日本で更なる布教を行うため、西洋のすばらしさを身をもって体感していろいろなものを持ち帰ってきてもらうために派遣したんだった。

 

今回はその使節として派遣された少年たちについて見ていくよ。

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天正遣欧使節ってなんだ?キリシタン大名が派遣

前回まで、安土桃山時代のキリシタン大名について見てきたね。

イエズス会と関係を持つことで、キリスト教布教やヨーロッパ諸国との貿易を画策していたんだったね。

 

さて今回は、前回まで紹介してきたキリシタン大名の大友義鎮・有馬晴信・大村純忠の三人がヨーロッパに派遣した天正遣欧使節について見ていくよ。

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安土桃山時代のキリシタン大名。①大友義鎮とザビエルの関係

前回は、キリシタン大名がどんな人たちなのかについて見てきたね。

布教活動の許可を求めてやってきた宣教師たちの話を聞いて感化された、または布教認可の対価として得られる利益のために自らキリシタンとなった大名たちだったね。

 

さて、今回はキリシタン大名の中でも特に有名な三人を紹介していこう。

 

大友義鎮、有馬晴信、大村純忠の三人だ。

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キリシタン大名ってどんな人たち?代表的な大名は?

前回まで、イエズス会の有名な宣教師たちについて見てきたね。

ガスパル=ヴィレラルイス=フロイスは、日本各地を巡りながらキリスト教をどんどん広めていったんだよね。

 

今回見ていくのは、この宣教師らが持ち込んだキリスト教に影響を受けた大名、いわゆるキリシタン大名について見ていくよ。

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ガスパル=ヴィレラ、ルイス=フロイスは何をした?【後編】

【前編の続き】

ルイス=フロイスは何をした人?

ルイス=フロイスも、イエズス会会員のカトリック教徒だ。

齢16にしてイエズス会に入会、同じ年にインドのゴアへ向かう。

 

ここで、たまたま日本に行こうとしていたフランシスコ=ザビエルとヤジローに出会う。

ここで日本布教の夢を持ったルイス=フロイスは、31歳になって日本に上陸。

 

それからはガスパル=ヴィレラにくっついて布教活動を続けていた。

 

その後ガスパル=ヴィレラと別れ京で引き続き布教活動していたところ、織田信長とまさかの遭遇。

当時信長は、仏教が世間を牛耳っていることが気にくわなかったので、キリスト教を広めようとしているルイス=フロイスを受け入れた。

そのため、近畿地方での布教が認められることになった。

 

長らく宣教師として活動したのち、ルイス=フロイスは“日本での活動記録”を残すようイエズス会から命じられる。

この命が下った後は布教活動からは身を引いてひたすら活動記録や全国各地の様子を書き記すようになった。

 

この記録はのちに「日本史」という書物になる。

秀吉の時代になるとキリスト教が弾圧される

信長が天下を取っていた時代はキリスト教が容認されていたんだけど、これが秀吉の時代になってくると様子が変わってくる。

 

秀吉は当初、信長の時代と同じようにイエズス会に対しては寛容な姿勢だったんだけど、あまりに日本でのイエズス会の勢力が大きくなりすぎてしまったために、

「ほっといたらイエズス会に日本の乗っ取られそうだな・・・。」

と考え始める。

 

そのため、バテレン追放令が発令されてキリスト教が弾圧されるようになってしまう。

まとめ

ガスパル=ヴィレラやルイス=フロイスは、日本にキリスト教を広めるべく尽力した宣教師たちだったんだね。

しかし、その影響力が大きすぎたために、江戸時代に向かうにつれて弾圧が強まっていく。

ガスパル=ヴィレラ、ルイス=フロイスは何をした?【前編】

前回は、イエズス会が作った神学校、コレジオとセミナリエを見てきたね。

大きな目標は司祭を生み出すことだったけど、教育システム自体はとても先進的だったんだよね。

 

今回は、イエズス会の宣教師・ガスパル=ヴィレラルイス=フロイスについて見て行くよ。

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