関東軍はなぜ暴走した?日本軍の他部隊との違いとは。

日本が太平洋戦争へと向かって行った歴史を学ぶ上で、ちょくちょく話に出てくるのが、関東軍という連中。

これまでの記事の中でも見てきた、

  • 張作霖爆殺事件
  • 満州事変
  • ノモンハン事件

と、満州関連の重大事件に関わっていることが分かるね

 

関東軍は組織上日本の陸軍組織のひとつではあるんだけど、実に特殊な部隊なんだ。

日本を日中戦争へ、そして太平洋戦争へと引っ張っていく原因一つと考えられている。

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ノモンハン事件をわかりやすく!北進論から南進政策への転換点

日中戦争が次第に激化していったころ、実は中国とはまた別の国と戦闘が発生していた。

その別の国というのが、ソ連。

 

思い出してほしいのは、日本には満州というほぼ植民地が存在すること。そして、満州の隣には「ほぼソ連」と呼ばれるほどソ連と関係しているモンゴルがあった。

 

日独防共協定で分かるように、日本は社会主義国のソ連を敵対視してるソ連側も日中戦争をおっぱじめた日本を危険視している。

 

そんな二人が隣り合ったらギスギスするのは当然のことだよね。

で、ついにケンカが始まっちゃうわけだ。

 

それが今回のテーマ、ノモンハン事件。

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援蒋(えんしょう)ルート遮断はなぜ?簡単にわかりやすく。背後にいる国に注目

日中の対立が激化して、北支事変から支那事変へと名称が変わるほど全面戦争化し始めた。

日本が南京を占領したことで、国民党は拠点を重慶という都市に移してなおも抗戦を続けるんだった。

 

ところで、この戦争は日本と中国の間での戦争に思えるけど、この背後には中国に利権を持つイギリスやアメリカ、ソ連が深くかかわっている。

実はこれが太平洋戦争への布石にもなっているんだ。

 

どういうことか詳しく見ていこう。

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日中戦争の様子や背景をわかりやすく。日中戦争に勝敗はついたの?

さて、これまでの記事で日中戦争へ突入してしまった経緯と日本の様子については確認してきた。(知らない人はこのへんhttp://jahistory.com/hirota-kouki-naikaku/からチェックだ!)

 

ではいよいよ泥沼の日中戦争について詳しく見ていこう。

1937年に始まって以来ずるずる長引き、結局太平洋戦争に突入して日本が降伏する1945年まで、実に8年近く続く戦争になる。

 

まず最初に、タイトルにもある「日中戦争に勝敗はついたの?」という問いかけの答え。

明確な勝敗は「ついた」。日本の敗戦だ。

 

だけど、この敗戦は「中国に攻め込まれて日本が降伏した」という単純な話ではないんだ。

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配給制、切符制の違いとは?国家総動員法が関係しているぞ

前回、国家総動員法の制定とそれに伴う“勅令”について見てきたね。

総力戦体制に入るため日本は、国のヒト・モノを良いように動かせるようにしてしまったんだったね。

 

国家総動員法の影響で、一般国民がふつうの生活をするために必要な「食料」や「生活必需品」も国に統制されることになる。

その代表的なものが、「配給制」「切符制」という制度だ。

 

詳しく見ていこう。

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国家総動員法とは?簡単にわかりやすく!第一次近衛内閣の統制政策

「総力戦」、または国家総力戦って言葉を聞いたことある?

 

国が持つすべての力、ヒトもモノも何もかもを「戦争に勝つ」という目的のために投入するという戦争のやり方だ。

第一次世界大戦の時点ですでに総力戦が行われつつあったんだけど、本格的に総力戦となったのは第二次世界大戦だ。

 

日本は、日中戦争を始めたあたりから総力戦体制に移行しようとする。

そして、この総力戦を行うために日本が制定した、ある法律。

 

これは、国民の人権を全く保障しない、恐ろしい法律だった。

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国民精神総動員運動を簡単にわかりやすく!背景の世界恐慌や標語のまとめも。

第一次近衛内閣が採った中国への強硬策。

結果として和平交渉を自らふいにし、逆に戦闘が長引いたことに焦って和平を結ぼうとした第二次、第三次近衛声明も効果が上手くいかず。

 

一方で満州国にいる現地軍は、満州を守るべく華北分離工作をしたところ、逆に強い反感を買って中国は徹底抗戦する構えになってしまった。

もうここまでくると、全面戦争に突入する未来しか見えなくなってくる。

だけど日本はこのころ、かなりおサイフ事情が厳しかったんだ。

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塘沽(タンクー)停戦協定、華北分離工作の目的をわかりやすく!華北ってどこよ

さて、満州事変を経て満州国という、難しい言葉でいえば傀儡国家が誕生した。いわば自分の思い通りに動く、操り人形みたいな国を作ったわけだ。

満州国を作ったとはいっても、無理やり作った形だから中国側は猛反発する。

 

それでも日本はお構いなしに、満州国の範囲を広げようとゴリゴリ中国側に攻め入っていく。

今回はそんな日本と中国の、双方の思惑について見ていくよ。

 

キーワードは、「塘沽(タンクー)停戦協定」「華北分離工作」だ。

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日独伊三国防共協定をわかりやすく!結んだ内閣やその背景についても。

広田弘毅内閣・第一次近衛文麿内閣の様々な政策によって、日本は本格的な全面戦争、日中戦争に突入することになった。

そんななか、日中戦争が本格化する前後で、日本は中国以外の諸外国との関係にも頭を悩ませていた。

 

まず当時の日本は、満州事変について国際連盟から非難されたので、逆ギレして脱退してしまっていた。

国際的ぼっちだったわけだ。仲間がいない状態だったんだね。

 

加えて、近隣のある国も脅威に感じていた。

その国はソビエト連邦。通称ソ連だ。

 

だからなんとしても仲間を作って、周りの脅威に対応しなきゃと考えたんだ。

 

というわけで今回は、日本がソ連を恐れた理由、そして国際的ぼっちを避けるための動きについて見ていくよ。

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近衛声明を簡単にわかりやすく!第一次近衛内閣で3回出されたぞ。

前回は、近衛文麿率いる第一次近衛内閣の一連の動きを見てきたね。

 

まあ、酷いもんだ。何とか平和的に解決できそうだったものを、ことごとくパーにしてたもんね。

結局盧溝橋事件の不拡大方針は撤回されて、全面戦争、いわゆる日中戦争に突入してしまったんだった。

 

ところで。実は、日中戦争が始まってしまってからも和平交渉のチャンスは作られていたんだ。

これに近衛がどう対応したのか。

 

・・・これまでの様子からなんとなく想像がつくかもね。詳しく見ていこう。

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