荻生徂徠(おぎゅうそらい)の思想とは?【前編】

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前回、前々回と古学派に属する儒学者を見てきたね。

山鹿素行は古学派、伊藤仁斎は古義学派を唱えたけど、おおもとの考え方は「朱子学や陽明学を通してではなく、本当の孔子の考えを学ぼう」とするもの。

 

今回紹介する荻生徂徠も、このような考え方をした。

 

前編では、荻生徂徠の経歴を詳しく見ていこう。

 

荻生徂徠は幕府と関係が深い

 

徂徠は将軍家に使える医師の息子として生まれたんだけど、父親が誤って将軍をブチギレさせてしまい、江戸から追放。

その後は上総国(千葉県)に移住。

ここで徂徠は何と13年も独学で様々な学問を勉強!

 

ここでの勉強が後に徂徠独自の学問の基礎になったといわれている。

しばらくしてお父さんが許されて江戸に戻ってからも、一生懸命勉強した。

 

やがて綱吉の側近であった柳沢吉保に抜擢されて先生として講義を行うようになる。

給料も多くもらえるようになった。

 

その後綱吉の死、柳沢吉保の失脚で一度幕府から離れるけど、今度は徳川吉宗にも信用されて重用されることになる。

このように、幕府にとても深くかかわっていたんだ。

やがて朱子学を批判するようになり、吉宗の時代になると朱子学は衰退していくことになる。

 

前編まとめ

荻生徂徠は、江戸から遠ざけられていた13年間、さらに江戸にもどってからの数十年という非常に長い時間を学問に費やし、これらの学修をとおして「経世思想」という考え方が生み出されることになる。

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