緒方洪庵の作った適塾は福沢諭吉を輩出!?その功績とは。

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前回は“折衷学派”の広瀬淡窓について見てきたね、

当時の塾としては非常に門戸の広い「咸宜園」を設立したんだった。

 

今回見ていくのは、淡窓とはまた違った生い立ちから私塾を立ち上げた医者・緒方洪庵について見ていこう。

 

緒方洪庵はお医者さん!

洪庵は、武士の息子として生まれたんだけど幼いころから病弱。とても武士として家督を継ぐのは厳しかった。

 

そんな中。洪庵が13歳のころにシーボルトが来日して西洋医学についての話題がきかれるようになってきた。

ここから洪庵は一念発起。

 

医者を目指すべく藩を出て、医学だけにとどまらず国学、神道から蘭学などをどんどん吸収。

 

さらに長崎へ西洋医学の勉強もしに行き、医者として生計を立てるようになる。

適々斎塾(適塾)からは多数の秀才が誕生!

洪庵が設置した私塾「適塾」は、非常に大きな功績を残した。

幕末や明治維新後に活躍する歴史的にも重要な人物を数多く生み出したんだ。

 

今や一万円札にも描かれる偉人・福沢諭吉大村益次郎橋本佐内などなど・・・。

 

洪庵は、非常に温厚だった一方で学問に対しては非常に厳格な方針だった。

塾生の生活態度や学習態度が悪いと、退塾させたり破門したりなどもしていた。

まとめ

洪庵は、日常生活では人を起こったことがなかったと福沢諭吉も証言している。

一方で学習面で叱責するときは、「笑顔で穏やかに」叱責したという。

これが塾生たちにとってたまらなく怖かったらしい。

 

たしかに、笑顔で怒る人ほど怖い人はいないよね・・・。

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