応永の乱とは?わかりやすく 語呂合わせも紹介!

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前回は、山名氏清の明徳の乱について、語呂合わせも合わせて説明したよ。

今回は、明徳の乱から8年後に起こった応永の乱について、語呂合わせも合わせて説明するよ。

応永の乱とは?

応永の乱とは、1399年大内義弘が鎌倉公方である足利満兼らと呼応して、

和泉国堺で起こした反乱のことなんだ。

 

そこで、足利義満は謀略によって大内義弘を追い詰めて、

堺に立てこもっていた大内義弘を攻め滅ぼしたんだ。

大内義弘とは?

じゃあ、この応永の乱を起こした大内義弘はどんな人物だったんだろうか。

 

大内義弘は、周防・長門・岩見・豊前・和泉・紀伊6ヵ国の守護だったんだ。

大内義弘は、港湾都市である堺と博多を掌握して、朝鮮などとの交易で利益を上げていたんだ。

 

しかし、大内義弘は、朝鮮との外交・貿易の独占による富強を恐れた足利義満に警戒され、

関係が悪くなってしまったんだ。

 

そこで、大内義弘は堺に籠城して応永の乱を起こしたんだ。

 

しかし結局、大内義弘は足利義満によって滅ぼされてしまったんだ。

応永の乱の語呂合わせを紹介!

では、ここで応永の乱の語呂合わせを紹介するよ。

年号も合わせて覚えれば、時代の流れを考えやすくなるね。

 

一味食って苦(1399)しむ応永の乱

 

応永の乱は明徳の乱の8年後ということも軽くおさえておくといいだろう。

 

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