日独伊三国防共協定をわかりやすく!結んだ内閣やその背景についても。

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広田弘毅内閣・第一次近衛文麿内閣の様々な政策によって、日本は本格的な全面戦争、日中戦争に突入することになった。

そんななか、日中戦争が本格化する前後で、日本は中国以外の諸外国との関係にも頭を悩ませていた。

 

まず当時の日本は、満州事変について国際連盟から非難されたので、逆ギレして脱退してしまっていた。

国際的ぼっちだったわけだ。仲間がいない状態だったんだね。

 

加えて、近隣のある国も脅威に感じていた。

その国はソビエト連邦。通称ソ連だ。

 

だからなんとしても仲間を作って、周りの脅威に対応しなきゃと考えたんだ。

 

というわけで今回は、日本がソ連を恐れた理由、そして国際的ぼっちを避けるための動きについて見ていくよ。

国際連盟を脱退してぼっちの日本は・・・。

 

当然のことながら、ぼっちはツラい。

当時の日本はクラスでぼっちどころか、世界的にみてぼっちだからね。

 

しかも中国に攻め入ってるもんだから外国からの目は冷ややか。いずれは国際連盟側の国と戦争になるかもしれない(実際なるけど)と考えた日本は、何とかして仲間を作れないか思索を巡らせていた。

 

そんな折、国際連盟から日本以外にも脱退する国が現れた。

一つは、THE独裁者のヒトラー率いるナチス・ドイツ。もう一つは、ファシスト党で独裁体制を敷いたムッソリーニ率いるイタリア王国。

 

ドイツは、軍備を拡張したいと思っていたんだけど国際連盟的にそれは認められそうになかったので、軍備を整えるため脱退してしまった。

イタリアの方は、エチオピアに侵攻したのが国際連盟から非難されたので、それに反抗して連盟を抜けた。

日・独・伊の共通点

さて、かくして3つのぼっち国が生まれたわけだけど、日本はこのドイツとイタリアに目を付けた。

この2国なら友達になれるんじゃないかと。

 

というのも、この3つの国はいろんな点で似通った部分があったんだ。

特に、

  • 国の経済状況
  • 国の支配体制
  • 共産主義の敵視

この三点が重要だ。

 

日独伊の経済状況

まず思い出してほしいのが、ドイツとイタリアは第一次世界大戦で三国同盟側だったこと。

イタリアは三国同盟側で戦闘に参加せず、大戦中盤で植民地を明け渡す代わりに連合国側について戦った。一方ドイツはガッツリ負けてキツイお仕置きを受け、植民地が没収されているね。

 

つまりドイツとイタリアは十分な植民地を持っていなかったってことだ。

だけどドイツ・イタリアは植民地が欲しくて欲しくてたまらない。

 

なぜかというと、自分の国に十分な資源がなくて、国をやりくりするのが厳しい状況だったから。

で、「資源がないなら近くの国を侵略して奪っちゃえばいいじゃない」という過激思想が登場する。ナチズム・ファシズムのことだね。

 

日本も植民地が欲しくて、挙句の果てに満州事変を起こして満州国を建てて疑似植民地みたいなのを作った経緯がある。

 

要するに日本・ドイツ・イタリアは「十分な資源が自分の国にない」から、外国に攻め入って植民地を獲得し、資源を得ようとしていたというわけだ。

この点がまず共通点のひとつ。

 

日独伊の支配体制

上の項でちょっと出てきたけど、ドイツ・イタリアでは「ナチズム・ファシズム」という体制が取られていた。

 

ナチズム・ファシズムはほとんど同じ思想で、

“自由主義?共産主義?そんなものはゴミだ!個人の自由などなく、独裁体制を敷くのだ!逆らうやつは皆殺しだッ!”

という、力によって支配する独裁体制って感じ。

 

ナチズムはこれに加えて、「ドイツ人こそ世界で最高の人種!逆にユダヤ人は最悪の人種だ!」というとんでもない差別思想を持っている点でちょっと異なるくらい。

 

で日本はというと、これに近い支配体制だった。

もはや政権は軍部の影響を無視できない、というか軍部の言いなり。

 

軍人が国を支配する、という点でもこの三国は似ていたんだね。

 

共産主義の敵視

三つ目にしてとても重要なことなんだけど、日本、ドイツ、イタリアは共産主義を弾圧していた。

ドイツのヒトラーは、第一次世界大戦でドイツが負けた理由を「共産主義者が戦争反対だなんだと言って乱したからだ」と考えていたんで共産主義を敵視していたし、イタリアのムッソリーニも「共産主義でみんなで仲良く?違う!力こそ正義だ!」としていた。

 

日本はというと、これまた共産主義を敵視していた。共産主義が日本に入ってきてしまってその声が大きくなると、軍人たちの世の中が崩壊してしまう危険性があったからね。

 

というわけで、日本とドイツ、イタリアは似たもの同士だったということが分かるよね。

日本はここに注目して、同盟関係を結ぼうと考えたんだ。

日独防共協定、日独伊防共協定の締結

当時の日本の近くに、強力な共産主義国家があったんだけど、どこの国だかわかるかな?

 

そう、ソ連だね。

当時ソ連には国際的に共産主義を推し進めようとする「コミンテルン」って団体があって、その活動を強めていた。

 

そこで日本は、このコミンテルンを話のタネにドイツに交渉を持ち掛けた。

「コミンテルンの活動を抑え込んで、共産主義が拡大するのを止めませんか?」と。

 

交渉は難航したものの、最終的には交渉成立、協定を結ぶことになる。

これが、日独防共協定だ。広田内閣の時に結ばれているよ。

 

この協定の表向きの内容は、「コミンテルンの拡大を抑え込むために一緒に防衛しましょうね~」というもの。

・・・だったんだけど実はこれに“ヒミツの”協定が付け加えられていた。

 

その内容は、「もしソ連が日本やドイツに攻めてきたらソ連に協力はしないこと。対策は一緒に考えようね。あと勝手にソ連と条約結ばないようにしよう」というもの。

つまりソ連を仮の敵として考え、その対策を練っていたということだね。

 

この協定をドイツと結んだあと、ついでイタリアもこの協定に参加して「日独伊三国防共協定」が誕生した。

この時の内閣は第一次近衛内閣

 

この協定はのちの「日独伊三国軍事同盟」の元になっていくよ。

 

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