南蛮貿易の中心地。平戸港ってどんなところ?

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前回は、種子島へのポルトガル船漂着、さらに鉄砲伝来まで見てきたね。

ポルトガルからもたらされた鉄砲(火縄銃)によって、今後起こる武将たちの数々の戦いに影響を与えることになる。

 

この火縄銃は、そのルーツから「種子島」とも呼ばれていた。

 

今回は、ポルトガル来日を契機に発展した「南蛮貿易」の中心地、平戸について見ていくよ。

 

南蛮貿易ってそもそもなんだ?

「南蛮」というのは、“南方の外国”という意味。

日本では、ポルトガルやスペイン、イタリアといったヨーロッパの南の方に位置する国を総称して南蛮と言っていたんだ。

つまり、南蛮貿易は「南蛮から来た船との貿易」のことってわけだ。

貿易内容は中国の生糸、鉄砲や革など。戦国武将たちが必要としていた物資だ。

 

ちなみに、イギリスやオランダなどヨーロッパ北側の諸国は「紅毛人」と呼んだ。

 

平戸は南蛮貿易の重要港(だった)

平戸は、長崎県にある港

昔からある港で、かつては遣唐使船なども中継していった港だ。

安土桃山時代ではこの平戸が大活躍。武将たちが欲しがる武器や、防具に使う革などを貿易していたので町は大きく繁栄した。

その後イギリス商館やオランダ商館などができてさらに発展する。

 

しかし、江戸時代に入ると「出島」に商館が移転させられてしまい、平戸は衰退していってしまう。

 

まとめ

平戸は、のちに他の港に取って代われれてしまうとはいっても、安土桃山時代を支える重要な港だったんだ。

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