安土桃山時代に作られた南蛮寺とは?

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前回は、宣教師であったイエズス会のフランシスコ=ザビエルについて見てきたね。

ザビエルは中国に布教しに行く途中で日本のことを聞きかじり、それがもとで日本にやってきたんだったよね。

 

今回は、キリスト教徒のための教会堂「南蛮寺」について見ていくよ。

南蛮寺ってなんだ?

南蛮寺は、キリスト教が伝来した安土桃山時代から、江戸時代初期のキリスト教が禁教にされる前まで存在していた教会のこと。

 

日本で最初の教会堂となったのは山口県の「大道寺」

これは山口の領主であった大内氏がイエズス会の宣教師の一人・トレスという人物にリフォームさせたことでも有名だ。

 

もともと大道寺は廃寺(だれも管理していない寺)だったんだけど、これをトレスはキリスト教の教会に改造したんだ。

 

フランシスコ=ザビエルが来た際にはこれをキリスト教の布教拠点として使っていた。

 

このほか有名な南蛮寺として、イエズス会が京都に建てた「都の南蛮寺」がある。

南蛮寺は現在一つもない!?

じつは南蛮寺、現存しているものは一つもない。

理由は簡単で、江戸時代に発令された禁教令だ。

 

江戸幕府の禁教令は厳しく、新規で南蛮寺を建設することはもちろんこれまで建設されてきた南蛮寺もすべて破壊されてしまったんだ。

 

この影響で、現存する南蛮寺は一つもない。

まとめ

南蛮寺は安土桃山時代、キリスト教の布教という面で大きな役割を持っていた。

現存しないのは残念だけどね・・・。

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