無利子年賦(ねんぷ)返済令は再び旗本・御家人の借金のため

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さあ、まだまだ忠邦の失策は続くよ。

今回紹介するのは、「棄捐令」にもちょっとかかわる「無利子年賦(ねんぷ)返済令」について見ていくよ。

 

棄捐令後も、結局旗本・御家人は借金まみれ

 

棄捐令、覚えてる?

時はさかのぼって松平定信が実権を握っていた寛政の時代。

 

旗本や御家人は、江戸住みを義務づけられていたことや給料が少ないことで酷い資金難だったね。

旗本たちは札差からお金を借りて何とか生活していたんだった。

 

寛政の改革では、この借金をチャラにすべく「棄捐令」が発せられる。

これで過去の借金はみんななくなり、旗本と御家人は大喜びしていた。

 

しかし、札差は「旗本や御家人に金を貸していたら、またチャラにされちまう!」と考えてお金の貸し出しを渋るようになった。

 

旗本や御家人は借金が消えたと喜んでいたけど、生活スタイルが変わらないから出費もかさみ、結局また借金を負うことに。

 

忠邦の時代には、寛政のころほどではないにしろかなりの借金を抱えていた。

無利子年賦返済令で再び旗本・御家人を救出へ

 

そこで忠邦は、「今この瞬間、旗本・御家人が札差から借りてるお金の“利子”はすべて消滅させるから。あと、借りた元金(利子がかかる前の、実際に借りたお金分)は20年間かけて返すようにさせるからよろしく。

という法令を出した。

 

これが、無利子年賦返済令だ。

 

一応札差には、この無利子年賦返済令で損害を受けてしまうお詫びとして、幕府が札差に貸していたお金の利子もゼロにした。

 

しかし札差は「やーっぱりやりやがったよ。旗本・御家人に貸すのはマジでやめよう」と考え、

旗本・御家人にまたもお金を貸さなくなる。

まとめ

こうしてお金を貸してもらえなくなった旗本・御家人は、棄捐令の時と全く同じ状況。

最初はいいけどだんだんお金が無くなってきて借金しようと思ったら貸してくれない。

 

同じこと2回繰り返すなよ・・・と言いたくなるね。

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