本居宣長は『源氏物語』に“もののあはれ”の精神を見いだした!

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前回は宣長の超大作『古事記伝』について見てきたね。

素晴らしい古事記研究書である一方で、「仏教や儒学は要らねぇ!」という国学の考え方も混じっているんだった。

 

今回は、本居宣長の大きな功績の一つである、『もののあはれ』精神の発見について見ていこう。

宣長が『源氏物語』の中に見つけた観念

また、本居宣長は師匠の真淵が「源氏物語とか、なよっちくて見てらんねぇよ!やっぱますらをぶり最高だぜ!」といって切り捨てていた『源氏物語』を非常に重視した。

 

宣長は、「“たおやめぶり”も、大切な日本の精神の一つじゃないか」と考えていたんだ。

 

さらに、ここから発展して宣長は『源氏物語』のなかに“もののあはれ”という精神を見いだす。

 

“もののあはれ”とは、

折に触れ、目に見、耳に聞くものごとに触発されて生ずる、しみじみとした情趣や、無常観的な哀愁

のことを言う。

 

平たく言うと、「物事や季節などさまざまなものから『しみじみと感じる心』」のことだ。

 

これが日本人の精神の根底にあるものだとし、『源氏物語』はもののあはれを表現した最高の文学だといったんだ。

 

後編まとめ

本居宣長が見いだした「もののあはれ」の精神は、日本人の持つ美的観念なのだということを発見した。

その一方で、儒教は邪悪なものとして排除する思想がさらに強まっていった。

 

後世の国学者である平田篤胤(あつたね)の時代になると徹底的に仏教や儒学排除されていく。

 

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