第一次松方内閣での出来事つづきと品川弥二郎の選挙干渉。

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前回は蛮勇演説についてやったよね。

樺山資紀いいよね。「誰のおかげで日本がこんなに豊かになったと思ってたんだ!薩長だろ!ちょっとぐらい我慢しろ!!」

って演説した人物だね。これには民党はブチ切れなわけなんだけども、第一次松方内閣(=第二議会)で、もう1人大事な人物がいるよ。

それは・・・品川弥二郎!!

第一次松方内閣での品川弥二郎!

ちょっと戻って復習な。

第一次松方内閣は大津事件で大臣がどんどん引責辞任してヤバかったわけ。

樺山資紀も蛮勇演説なんかしちゃうしさ。

 

だから、1891年の12月25日に衆議院を解散させて、次の選挙にそなえたわけだ。次の選挙翌年の2月25日ね。

その総選挙でやらかしたのが品川弥二郎ね。

 

なにをしたかって?すごいよ。選挙干渉をしたんだよ。

 

品川弥二郎は民党を圧迫するために、民党の本部である高知や佐賀を警官に襲撃させたり、暴漢したりしたわけ。

「うぜぇやつは、ぶっ飛ばす」

精神だね。もうね、空前の大干渉だよ。死者25名、負傷者388名を出すにまでいたるほど、民党のやつらをボコボコにしたの。

選挙に勝つために敵をボコボコにするなんて、いかに野蛮か、民主主義ではなかったか?ってのがわかるよね。

品川弥二郎はそれだけじゃなくて、巨額のお金を使って買収もしたの。

政府に関係のある銀行だったり、商工業者にお金をバラまいて政府党に投票するようにしむけたのね。なんでもアリの世界です。

 

 

しかーし!!選挙で惨敗。

結局、民党が過半数を占める選挙結果に終わりました。悪は勝てないんですね、やはり。

 

この選挙の後、品川弥二郎の手口が物凄い批判されて彼は内相の職を辞任しているよ。

実は、この民党のやつらボコボコ事件は山縣有朋が品川弥二郎に命令してやらせていた事件だったそうな。予算案がなかなか通らなかったからって、第一議会を辞任した山縣有朋が何を言う!と思いたくなりますな。

 

暴力、殺人、買収をしても選挙に勝てない。

逆に人々の自由を求めるその意思の強さに俺は感動するけどもね。

 

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