金本位制の仕組みと崩壊、そして管理通貨制度とは。【質問回答まとめ】

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以前、金本位制のメリットやデメリットをまとめた記事(http://jahistory.com/kinhonisei/)を掲載したんだけど、ここに結構いろいろな角度から質問が寄せられている。

 

どれも金本位制や通貨についての理解を深めるのに役立つ良い質問ばかりだったので、コメント欄だけにとどめておくのはちょっともったいない。

 

そこで、金本位制の記事に寄せられた質問とその回答を改めてまとめてみた。

是非参考にしてみてね。

 

疑問① 明治時代~戦後の金本位制廃止までの間に、不換紙幣が流通したのは日本だけなの?

 

質問に対する回答・・・例外である第一次大戦中を除けば日本だけです!

 

ご存知の通り、現在では世界のいかなる国も「金本位制」および「兌換券」を採用している国はありません。
日本もそうですし、アメリカやイギリス、中国…すべて「不換紙幣」です。

 

明治時代~1930年代の期間においては、不換紙幣を普通に使っていたことがあるのは主要国の中で(第一次世界大戦中をのぞいて)日本だけ、と言えます。

(第一次大戦中は戦争のため主要国は武器の輸入などで金が大量に必要になった。その金が貿易などで海外に出ていかないよう、金本位制を臨時で止めた。)

明治政府が誕生したころ、政府にはお金があまりありませんでした。それなのに西南戦争(戊辰戦争)が起きてしまったことで非常に多くのお金が必要になってしまいました。

 

金本位制を取るには発行する兌換券に相当する額の金を保有していなければいけませんが、当時の政府にはそんな大量の金はありませんでした。

そこで、明治初期には太政官札という不換紙幣を大量発行します。

ただし、これはあくまで兌換券を発行するまでの繋ぎ、期間限定の不換紙幣です。

 

のちに新貨条例が出され、ここで日本で初めて金本位制による兌換券が誕生します。(しかしここで金が大量に海外流出してしまったためのちに制度を改め、実質銀本位制に移行)

日清戦争に勝利した後はその賠償金として多くの金が日本に入ってきたので、これを元手に再び金本位制になります。

 

第一次世界大戦では世界中で一時的に金本位制が停止しましたが、戦後はすぐ金本位制に復帰。

日本も金本位制に復帰します。

 

ですが、その後1929年に世界大恐慌という世界の経済システムを大きく変えるきっかけとなる恐慌が発生します。

 

世界大恐慌で金本位制は崩壊し、イギリスを皮切りにこれまで金本位制を取っていた先進国が次々と離脱して管理通貨制度、不換紙幣へと切り替えていきました。

 

世界の先進国はみな金本位制を離脱し、1978年に正式に金本位制を廃止する協定が結ばれました。
こうして現在のような管理通貨制度のもとで不換紙幣が発行される社会になったのです。

 

まとめると、明治時代以降を考えるならば、(第一次大戦期の臨時状態を除くと)不換紙幣は日本でのみ流通したことがあります。

 

 

疑問② 一時的に金本位制が停止した第一次大戦中って、貿易とかどうしてたの?

 

金本位制が停止したということは、紙幣を金と交換することができなくなるということ。

そんな紙幣に価値はあるの?そんな紙幣で貿易なんてできるの?という質問だ。

 

 

質問に対する回答・・・金本位制じゃなくても貿易はできる!

 

突然ですが、2018年現在、日本で使われている紙幣は何を裏付けにして価値がついているでしょうか?
・・・答えは「政府の信用」ですね。

簡単に言えば、現在の日本の紙幣は「日本という国が無くなったり、破産したりすることはないだろう」と国民が信じていることで成り立っているのです。
一万円札には一万円の価値がある!とみんなが信じて疑わないので通貨として成り立っているというわけです。

これを管理通貨制度、といいます。

他の国と貿易を行う際も、お互いの政府の信用を裏付けとして貿易が成立しています。
ただ「政府の信用」というのはいつなんどきも絶対ではないので、交換比率(為替レート)はコロコロ変わります。

ニュースを見ると毎日ドル円の交換レートが変わってますよね。

さて、ここで第一次大戦に伴う金輸出禁止の状態を考えてみてください。

金輸出禁止、つまり金本位制が停止されて金による紙幣価値の裏付けができない状態です。

では何を裏付けとするか。
現在の日本と同じように「政府の信用」で紙幣価値を裏付けていたんです。

つまり第一次大戦後の金輸出禁止状態の日本は、政府の信用を裏付けとした管理通貨制度で貿易を行っていたというわけです。
「政府の信用」で紙幣に価値をつけることで、貿易を可能としていました。

 

 

疑問③ 第一次大戦後、日本が旧平価で金解禁したのは何がダメだったの?

 

第一次大戦後、世界の主要国は戦争が終わったということですぐに金本位制に戻した。

日本もこの流れに乗っかって金本位制に戻そうとするんだけど、この時見栄張って“旧平価”で金解禁した。

 

これが日本の輸出産業にダメージを与えたんだけど、なぜ旧平価での解禁が問題だったのか、という質問だ。

 

 

質問に対する回答・・・旧平価は円高だったから!

 

金解禁される前、つまり管理通貨制度を採っていた日本の為替レートは1ドル=2.3円くらいでした。
これに対し、第一次大戦が起こる前、まだ日本が金本位制を取っていたころの為替レート(旧平価)は1ドル=2円ほど。

つまり、旧平価で金解禁すると0.3円分「円高」になってしまうのです。

 

ここで円高の仕組みについて、簡単な例を出しましょう。

今ドルと円の交換比率(為替レート)が1ドル=100円だとします。
この場合、アメリカ人が1ドルを日本円に交換すると100円もらえます。

しかしある日突然、ドルと円の為替レートが1ドル=50円になったとします。
こうなると、アメリカ人が100円交換するのに2ドル必要になるわけです。

この状況を円高(円の価値が高くなる)といいます。

では円高のとき、貿易はどうなるのか。

今の例でいうと、昨日までアメリカ人は日本で100円で売られている商品を1ドルで買えていたのに、次の日アメリカ人は日本で100円で売られている商品を2ドル出さないと買えない状態になります。

アメリカ人は、「1ドルなら買ってやっても良かったけど、2ドルもするなら買わねえよ!」と考えます。

すると、日本の商品は海外に売れなくなりますね。

 

この例と同じようなことを濱口内閣はやってしまったわけです。

これまで1ドル=2.3円だったものをいきなり1ドル=2.0円にしてしまったので、海外からすれば日本の商品が高くなってしまい「そんな高いなら要らないわ」と言われてしまったのです。

これが濱口内閣が旧平価で金解禁したことによって引き起こされた「輸出不利」です。

 

※ちなみに、なんで旧平価での解禁にこだわったのかというと・・・。

実際のレートに合わせた1ドル=2.3円にするということは、すなわち「旧平価の頃(1ドル=2.0円)よりも日本の価値が落ちました」と自分から言うようなもんだった。

 

平価ってのは国の持つ金の量をもとに計算される交換レートのことだから、この交換レートが低いってことは自分の国の価値が低いということを表してしまうわけだ。

 

濱口内閣は、世界にそんなカッコ悪いとこは見せられないと見栄を張って旧平価でGOしたんだ。

結果としてこれは大失敗だった。

 

経済に悪い影響ばかり残して、結局世界恐慌のあおりでまた金輸出再禁止するハメになる。

 

 

どうだったかな。

これからもまた良い質問が来次第追加していくね。

 

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