豊臣秀吉が行った刀狩とは?分かりやすく解説。

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前回は、太閤検地を行う上で重要だった「石高制」、「石盛」の話について見てきたね。

石盛は田んぼの一段当たりの収穫高、石高は石盛×面積だったよね。

 

さて、今回紹介するのは秀吉が行ったもう一つの有名な政策、刀狩についてだ。

 

刀狩って何のため?

刀狩は、刀狩令という法令が出されたことで行われた。

その法令は三条の条文によってできている。

 

  1. 百姓が刀や脇差、弓や槍、鉄砲などは持ってちゃダメ!年貢払わなかったり一揆を起こそうとした奴は処す!
  2. 没収した武器は全部、今作っている方広寺の釘とかにするから安心してくれよな!
  3. 一つアドバイスだけど、百姓は田畑を耕すことが一番の幸せなんだぜ。今回の刀狩もみんなの幸せを思ってのことだから。

というもの。

まあ、一番重要なのはだね。一揆をおこされないように、余計な反乱を起こされないようにするためだ。

・・・とはいっても、完全に百姓たちの武装を解除したわけではない。

許可をもらった百姓は武器を持っていてもよいことになっていたりなど、結構ザルな法令だった。

 

この法令の真の狙いは、「百姓がだれでも武器を持って武士になったりはできないんだぞ!」という、兵農分離を行おうとしたことにある。

まとめ

秀吉の行った刀狩は非常に厳格なものではなかった。

しかし、今まで百姓でも誰でも武器を持てた時代から、許可を得た特別な人でないと武器は持てない、という風潮に変化したことが重要なんだ。

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