化政文化ってどんな文化?①文化の中心地、担い手は?

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さて、これまで江戸時代前期の文化「元禄文化」と、江戸中期の「宝暦・天明文化」を徹底的に見てきたね。

 

そして今回から見ていくのは、江戸時代後期の文化、「化政文化(かせいぶんか)」だ。

年代でいうと1804年~1829年が最盛期となる。

 

化政文化は、これまでの元禄文化や宝暦・天明文化で生まれた、または成長してきた学問や芸能、文学、絵画が最も成熟する時代でもある。

 

江戸時代の集大成ともいえる文化なんだ。

化政文化は「町人文化」だ!

最初にちょっとした雑学を。

実は、「宝暦・天明文化」と「化政文化」はかつて一緒くたに考えられていた。

 

というのも、「宝暦・天明文化」は「元禄文化」から「化政文化」への過渡期にあった文化だから、しっかりとした定義づけがされていなかったんだ。

 

杉田玄白とか与謝蕪村が「化政文化の代表人物」といわれていたこともあったらしい。

 

近年になって「宝暦・天明文化」がひとつの文化としてしっかり認識されたんだよ。

 

 

さて、本題の「化政文化」についてだけど、ここで問題だ。

 

  1. 化政文化の中心地は?
  2. 化政文化の担い手は?

 

宝暦・天明文化は、「江戸」が中心で「武士や上流商人」が担い手だったよね。

 

さあ、答えだ。

化政文化は、「江戸」が文化の中心で、担い手は中流以下の町人、つまり庶民たちだ。

まとめ

今回押さえておきたいのは、「江戸」中心の「町人」文化だということ。

 

化政文化は江戸時代の文化の集大成である一方で、元禄文化とはかなり大きな違いがある。

次回はその違いについて見ていくよ。

 

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