沖縄の人頭税とは何だったのか?琉球処分でも廃止にならず!

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前回は琉球処分についてやったね。

琉球王国は薩摩藩の支配下にあったけど、清の宗主国というワケわかんない両属だったわけだ。で、明治政府は琉球藩設置 → 沖縄県に改称としてどんどん日本の領土として改革を行っていったよね。

でもね、琉球王国から沖縄県になったはいいものの人頭税っての廃止にならなかったんだよ。
今日はその人頭税ね。

人頭税とは

人頭税ってのは、年齢・性別・居住地域・耕地状況などなど様々な基準を考慮して税金を算出することだよ。

これは琉球王国が宮古・八重山諸島の住民に課していた税金なんだわ。
これだけ見ると、そんなに問題の内容な税金の取り立て方法に思っちゃうかもしれないけど実際はかなりキツイ税金の徴収方法なんだよ。

だって、どんな状況であっても税金支払わないといけないわけだからさ。

人頭税がスタートしたのは江戸時代に薩摩が支配していた頃のことで、

琉球王国が差別的に扱っていた宮古・八重山諸島に対して、薩摩藩への税金を支払うために、取り立てていた税金なんだわ。

どんな状況であっても、税金を支払わないといけなかったから病気だろうが、災害だろうが、税金を支払うの。人頭税だからね。

 

琉球王国からしてみれば、災害やら干ばつがあっても、一定の税金が入ってくるから人頭税は素敵なシステムだったわけ。

 

 

沖縄県になっても廃止にならず

この人頭税が1879年に沖縄県に解消されても、無くならなかったんだ。

明治政府の対応は旧慣温存(きゅうかんおんぞん)って言ってね。あまりに琉球王国に対して強い態度を取っちゃうと宗主国であった清の方に寝返っちゃう可能性があるからさ。

「どうぞ、今まで通りおやりください。」

という立場だったんだよね。色々な慣習を一気にひっくり返すのは難しいし、清の状況を考えてのことだったわけ。

 

で宮古・八重山諸島に人たちは人頭税が廃止されないことにブチ切れて、宮古島では人頭税廃止運動が起きたんだよ。

ここからは完全に覚えなくてもいいけど、人頭税が廃止になったのは1903年の帝国議会でのことだね。

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