壬午軍乱→甲申事変→日清戦争までの経緯まとめ

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今日で、ひとまず朝鮮のお話はおしまいね。

一問一答ばかりの勉強だとどうしても、「日本と清が戦争して日本が勝った」って終わっちゃう受験生は非常に多いんだな。で、結局なんで日本と清って戦争したの?

という部分の理解が深まれば、入試の問題文が良くわかるわけ。結局、入試の問題だって教科書のごとく説明で書いてあるでしょ?

だから、流れってのを理解するのは非常に重要なわけ。

では、ここ数記事のまとめね。

壬午軍乱→甲申事変

時は1880年代。あるところに高宗という朝鮮の国王がいました。

朝鮮では新たに国王が就任すると、国王のお父さんは大院君という称号を手に入れます。

大院君は非常に保守的な方で、朝鮮を鎖国して外国人を追い出す鎖国攘夷の考えを打ち出しておりました。

しかし、息子高宗のお嫁さん閔妃はそうではありません。閔妃は閔妃一族の王族支配を考えていて、しかもイケイケどんどんの革新派でした。お隣日本は開国させられて以降明治維新でもって、ものすごい経済発展をしているではありませんか。

日本になぞらって、朝鮮も近代化しようぜよ!と日本から軍事顧問を招いたりと親日の動きを強めていたのです。

これには大院君も激怒します。

息子の嫁と言えど、外からやってきて王族を乗っ取ろうとしている、なおかつ自分の意見には真向から反対してくる。大院君は閔妃をやっつけるクーデターを企てます。

まずは日本の公使館を焼き討ちし、日本の軍事顧問を殺してしまいました。

 

しかし、この大院君の勝手な動きに清も日本も黙っていません。

あろうことか、閔妃は親日派であるのに、地理的影響もあったのでしょうか、お隣の清国に助けをもとめます。

大院君によるこのクーデターは清国によってあっさり鎮定されてしまいました。

 

これ以降、閔妃は清国との関係性を強めます。

一方、日本は?というと、公使館を焼き討ちされて軍事顧問まで殺されていますから。済物浦条約を朝鮮と結んで、守備兵を駐留させることを朝鮮に認めさせます。災い転じて福となす!というわけですね。

 

しかし、閔妃はもともと親日だったわけですよね?

壬午軍乱以前は改革派でもって、近代化を推し進めようとしていたわけですから、閔妃の考えに賛同していた人からは、不満がタラタラになります。

「閔妃さん、親日派だったですよね?なんで清国と仲良くしちゃったんですか?」

というわけなのです。

そこで立ち上がったのが、金玉均と朴詠考です。彼ら改革派2人が中心となって、独立党を結成します。金玉均は壬午軍乱の後に日本に留学までして明治維新の栄光を聞いてきた人物ですから。イケイケドンドンです。

彼らは清がフランスとの清仏戦争で負けそうになっている様子を見ると、これはチャンスだ!と言わんばかりにクーデターを起こします。

そうです。閔妃一族を殺そうとするのです。これが甲申事変です。

時代は恐ろしいですね。現代では考えられませんが、政権を取るための方法は話し合いなんかではなく殺し合いなのです。

金玉均と朴詠考の企てはむなしく清国は軍を出動させて甲申事変を抑えました。

甲申事変では、実際は日本の力を借りて独立党が行ったことですが、日本は知らんぷりです。

「え?知りません。彼らが勝手にやったことなのです。」

というスタンスを貫きます。

 

そこで、日本と清国はお互いに紳士協定を結びます。

1、両国とも軍を撤退させること
2、軍事顧問の派遣を辞めること
3、出兵するときはお互いに事前通告すること

結局、朝鮮は日本と清国の間での属国としての役割からは脱却できずにいるのでした。そして清国、日本国にとっても朝鮮というのは決して目を離せない大事な存在だったのです。

 

さて、気分を変えて物語風にしてみたよ!

よくわかったかな?

明治維新から日清戦争までの日本のスタンス

 

明治維新以降、日本が最も恐れていたことって何だと思う?

答えはロシアと欧米のアジア支配だ。ロシアは南下政策で朝鮮を手に入れよう欧米は東南アジアを植民地化して、どんどん北上を続けている。日本の政府は朝鮮が列強に手に入れられたら、日本の国家的独立も危うくなると考えたわけ。

だから、一刻も早く朝鮮を日本の支配下に置いて、列強と対抗してやろうぜよ!と考えていたわけ。これが征韓論の理由なわけね。

さっき話した壬午軍乱や甲申事変のような事件が起きて、清と日本の緊張関係ってのはどんどん高まったいくの。両国間の空気は最悪でね。日本は1880年代後半から清国との戦争に備えて、着々と準備を進めてきたわけ。

1878年には全体支出の約15%くらいだった軍事費は1892年には約30%くらいを占めるからね。

それだけ清との戦争を危惧して、お金をどんどんかけて軍備を備えていったわけ。

この記事だけで、日本が日清戦争に突入していった原因と理由が明らかになったね。しっかり理解しよう。

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