江戸時代の外交をわかりやすく!~糸割符制度・朱印船貿易~

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今回は江戸時代の外交第三弾!江戸初期の貿易制度について。

前回のおさらいをさらっとやっておくと、田中勝介はノビスパンへ、支倉常長はノビスパンからスペイン・イタリアへ赴いて通商交渉をしたけど、どれも失敗しちゃったんだったね。

 

さて、今日は貿易制度、糸割符制度と朱印船貿易を取り上げるよ。ここは重要だから注目ね!

糸割符制度

さてこの糸割符制度、名前にもある通り「糸」にまつわる制度なんだ。

江戸初期の輸入品で一番大切だったのが、中国の白糸(「しらいと」と読む。中国から輸入した生糸をこう呼んでいたよ)だったのね。でもこの白糸、ポルトガル商人たちが好き勝手に値段を決めたりして利益を取られちゃってたんだ。

「コイツら何とかせにゃならんな」ということでできたのが「糸割符制度」。

特定の商人に「糸割符仲間」ってのを作らせて、輸入される白糸を一括で購入・販売して、その後仲間に配るっていう制度だ!

この「糸割符仲間」になった特定の商人は、堺・長崎・京都、のちに江戸と大坂が加わった五カ所の商人たちで構成された。これを五カ所商人と呼ぶよ。

朱印船貿易

次に朱印船貿易。まずは朱印船貿易に欠かせない「朱印状」について説明するよ。

「朱印状」は、戦国時代から江戸時代にかけて、戦国大名や将軍みたいな権力ある人が朱印を押して発行した「公的な文書」のこと。領地を与えるときや、渡航許可、貿易の免許に関して発行された。

 

で、その中でも幕府から渡航許可の朱印状をもらって貿易をしていた船を「朱印船」と言って、その船による貿易が「朱印船貿易」ってわけだ!

取り扱ってたものは、一番重要な輸入品はもちろん白糸(中国産生糸)で、輸出品は銀だったよ。

 

さて!とりあえず江戸初期の外交に関する話題は終了。次回からはいよいよ江戸の一大政策「鎖国」について見ていくよ!

 

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