石田梅岩は石門心学の創始者!都鄙問答とは!?

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前回は「心学」について見てきたね。

庶民向けに分かりやすく儒学や神道、仏教なんかの教えを教えていたんだったよね。

 

今回見ていくのは、その心学を生み出した石田梅岩(ばいがん)についてだ。

石田梅岩は生粋の商人だった!?

石田梅岩は、京都府の百姓の次男として生まれて、その後は呉服屋のもとで働くようになる。

こうして商売の経験を蓄えつつ、次第に思想家へのあこがれを強めていく。

 

45歳の時に、自宅で「受講料無料」「紹介必要なし」「性別関係なし」の無料講座を開設。

ここから石門心学が誕生していく。

 

梅岩は、商人の本質を「交換の仲介業」であるとし、商人の仕事は決して武士の仕事や農民の仕事に劣るものではないんだよ、ということを訴えた。

 

そのため、商人たちから広く支持されることになった。

都鄙(とひ)問答とは?

梅岩か著した本の一つに、『都鄙問答(とひもんどう)』というものがある。

「都会に出てきた田舎者の質問に対して、梅岩が答える」という問答形式になっていることが特徴だ。

 

この本では、士農工商(武士・農民・職人・商人)は人間的にすべて平等で、商人の価値を強く訴えている。

そのほか、町人たちの身近な問題(宗教のこと、医学のこと、借金のことなど)についても取り上げ、その具体的な対処法もQ&A形式で載っている。

まとめ

心学は、江戸後期になっていくにつれどんどん広まっていく。

平等なモノの見方や、商人に対する誇りを持っていたんだね。

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