田沼意次の経済政策:印旛沼・手賀沼の開拓!運河、田んぼを増やせ!

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さて、田沼意次が行ってきた経済政策シリーズ最後を飾るのは、「印旛沼・手賀沼の開拓」事業。

 

名前だけ見てもいまいちピンとこないね。

 

というわけで、詳しく見ていこう!

印旛沼・手賀沼工事の目的

 

吉宗の時代、印旛沼・手賀沼(千葉県にある湖)を埋め立てることで田んぼを増やして、年貢を増やそうとしていた。

 

しかし、想像以上に埋め立てが難しかったのと資金不足が重なり、工事の途中で断念。

 

これを、田沼意次が受け継いで埋め立て事業を再開。

ただ、意次はこれを農地拡大のため、というよりは利根川を通る船がこの印旛沼を経由して江戸にいけるような運河を作りたかったため、と言われている

 

埋め立てをすればそこに新たな田んぼを作れるから意次にとって一石二鳥だったんだ。

 

大洪水で印旛沼・手賀沼工事計画も流れる。

 

しかし物事は思い通りに進まないもので、工事の2/3が終わったあたりで関東地方で大洪水が発生。

この大洪水の対応に追われたことと、意次が失脚したことでこの印旛沼・手賀沼の干拓工事は逝ってしまった・・・。

 

まとめ

 

意次は、印旛沼を通る運河ルートを作ることを目標としてこの干拓工事を行ったんだけど、これは後々水野忠邦という老中によって再開されることになる。

 

でもね、ここでも資金難で埋め立て工事は終わらなかった。いつまでたっても印旛沼・手賀沼の工事終わらなかったんだ・・・。

ある意味底なし沼だったのかもね(笑)。

 

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