稲村三伯は「芝蘭堂の四天王」!『ハルマ和解』ってなんだ?

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前回は、蘭学者であり医者であった大槻玄沢について見てきたね。

玄沢は江戸に芝蘭堂を設立し、そこで蘭学をおしえていたんだったね。

 

その芝蘭堂から排出された優秀な弟子たちは『芝蘭堂の四天王』と呼ばれた。

今回は、その『芝蘭堂の四天王』の一人・稲村三伯について見ていくよ。

 

稲村三伯ってどんな人?

稲村三伯は、鳥取県のお医者さんの息子として生まれた。

 

12歳の時藩のお医者さんのもとへ養子に出され、その後は各地を転々としながら蘭学や医学を習得していった。

 

三伯の人生のターニングポイントとなったのは34歳の時、玄沢の書いた蘭学入門書『蘭学階梯(かいてい)』を読んだこと。

 

これを読んで猛烈に蘭学を勉強しようと思った三伯は、勢いそのままに江戸の芝蘭堂に入門。

玄沢のもとで蘭学をマスターした。

ハルマ和解は『日本初の蘭和辞書』

玄沢のもとで蘭学を学んでいた三伯だけど、実はこの時になってまだオランダ語―日本語の辞書(蘭和辞典)が誕生していなかった。

 

現代で例えるなら、英語の勉強を辞書がなく・先生から教えてもらうしかない、という状況に近い。

これだと学習に多くの時間がかかってしまうよね。

 

蘭和辞典があれば、蘭学の研究スピードが格段に上がる。

 

そう思った三伯は蘭和辞典の作成に取り掛かる。

 

しかし、何万語もあるオランダ語をひとつひとつABC順に並べていたんでは時間がいくらあっても足りない。

そこで、三伯はフランス人のハルマという人が作った『蘭仏辞典』を和訳する、という妙案を思いつく。

 

これなら最初からABC順になっているから並べる時間はかからないよね。

こうして大幅な作業効率UPを実現した。

 

そして完成したのが、『ハルマ和解』というわけだ。

まとめ

稲村三伯が刊行した『ハルマ和解』は、蘭学の発展に大きく貢献した。

辞書を作り上げるという大業を成し遂げた三伯はまさに『芝蘭堂の四天王』の名にふさわしいね。

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