菱垣廻船・樽廻船、北前船を一挙に解説!何を運んでたの?【前編】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

前回は、河村瑞賢によって整備された「東廻り航路・西廻り航路」について見てきたね。

 

今回見ていくのは海上輸送で活躍した『貨物船』について。

 

なんだつまらなそうな話だな、と思うなかれ。

現代でいう企業間の競争みたいな、面白い展開があるんだよ。

 

菱垣廻船、樽廻船ってなんなのさ

 

菱垣(ひがき)廻船

菱垣廻船は貨物船のことで、寛永の時代(将軍は徳川家光)に泉谷平右衛門という人が江戸積問屋を開いたことに端を発する「貨物運送業」に用いられた。

 

運んでいたのは、米や酒などをはじめとした日常生活で使う物資全般。

 

通った航路は「南海路」と言われるルートで、大坂と江戸を結んでいた。

 

この菱垣廻船には、誤った通説として指摘されている点が一つある。

教科書に「船べりに積み荷が落ちないように竹やヒノキなどで菱形の垣を作ったことが名前の由来」と書かれているモノがあるんだけどこれが間違いで、ただの装飾だったという。

 

未だに教科書に載ってるんだから驚きだ。

樽廻船

これは菱垣廻船より後発の船。特徴は、菱垣廻船より小型で積載量が小さいけど、逆に積み荷のスピードが速いこと。

もともと菱垣廻船問屋に所属していた大坂のある商人が、大坂で作られたお酒(下り酒)を江戸まで運ぶことを目的として樽廻船を運用し始めたのがはじまり。

 

この樽廻船の登場によって、菱垣廻船との熾烈なバトルが始まるよ!

後編に続く

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

オススメの動画コンテンツ

低料金で最大の効果を発揮するコンテンツ

・音情報で理解を高めたい
・知識を入れながら、流れも理解したい
・息抜きに動画で学習したい

方はスタディサプリの動画コンテンツがオススメです。【14日間の無料トライアル】ができます。

スタディサプリの無料体験

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*