玄洋社の来島恒喜に大隈重信はやられる。

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各国と個別交渉をした大隈重信はイギリスのロンドンタイムスにバラされるわ、国内の国粋主義者らに

批判されるわ、で散々な結果だったんだよね。そんな大隈重信だけども実は暗殺未遂にあって負傷しているんだ。

早稲田を作った大隈重信先生、俺の母校、大隈重信先生。5年間毎日銅像にお会いした大隈重信先生!!

 

誰が暗殺事件なんて起こしたやがったんだ!!

玄洋社とは

そう。大隈重信を負傷させたのは玄洋社という政治団体の来島恒喜(くるしまつねき)なんだわ!

玄洋社ってのは元々福岡藩だった人たちによって結成された政治団体で国家主義的右翼団体なんだよね。

右翼って言うと、

「え~右寄りの人~?」

と、現代の人たちは捉えがちなんだけどもさ。

この玄洋社は、

「人民の権利を守るには、まず国権の強化だ!アジアの国々を欧米の植民地支配から解放しよう!!」

と、考えてた団体なんだわ。

日本史では、出現率ってのはこの大隈重信を負傷させたくらいなんだけど、玄洋社の活動ってのは1946年にGHQに解体されるまで続くんだよね。

玄洋社の活動ってのは、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦の時に情報収集や裏工作に従事していたんだよ。

GHQなんかは、「玄洋社マジやべぇ奴らばっかだわ」とボロカスにこき下ろしているくらいだからね。

 

まぁここまでお話すれば、なぜ玄洋社が大隈重信を襲撃したかわかるよね?

うん。大隈重信がメキシコと対等条約結んで、外国人判事任用を認めようとしたからだね。

国粋主義者にはたまったもんじゃないことをしようとしたからさ!

 

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