名古屋事件と飯田事件と大井憲太郎の大阪事件!

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自由民権運動の激化事件はまだまだ続くよ。

こんなに覚えないといけないんかい!と受験生としては辛いところだけど、最大規模の秩父事件を1つの区切りとするといいよ。

高田事件、群馬事件、加波山事件 → 秩父事件 → 名古屋事件、飯田事件、大坂事件、静岡事件

といったところかな。ここで1番重要なのが激化時間が全国に広がっている!ってことなんだ。明治政府にやられても諦めない!ってことはそれだけ・・・ってことだからね。

名古屋事件と飯田事件と大阪事件

秩父事件が最大規模だったのは、農民が蜂起したからなんだよね。

群馬事件と秩父事件に関しては自由党員が農民に対して、「みんなの生活が困窮しているのは、明治政府のせいですよ。蜂起しましょうよ!」ってことで、農民と結託して蜂起したんだよね。

これから紹介する名古屋事件、飯田事件、大阪事件、静岡事件ってのは少し性質が異なっていくんだよ。

○名古屋事件

1884年12月に名古屋の自由党急進派が処罰された事件だね。

彼らは軍資金を得るために、豪農からお金を奪ったり紙幣を偽造したりしようとしたの。もちろん軍資金ってのは政府を転覆するためのお金で、実際に数十回にわたり強盗を繰り返していたんだよね。

「すげぇな、マジの事件じゃん」って思うでしょ。そう、マジの事件なの。

もちろん昔だって犯罪はあったわけだからさ。でも自由党の人たちが事件を起こしているってのがおもしろいでしょ。当時は、お金持ちは、「明治政府のおかげでお金持ちになっている」という人々の気持ちがあったから奪ってもいい!って考えに至ったわけだね。

 

○飯田事件

1884年12月に長野県飯田と愛知県の自由党急進派が政府転覆を図った事件だね。

具体的には爆弾を作って、警察署を占拠して革命を起こそうとしたの。これには生活に困窮した一般人も参加していたそうだよ。

ただ秩父事件以来、警察は火薬の取り締まりに対して物凄く厳しかったから事前に不穏な動きを嗅ぎ付けて、逮捕するのさ。

 

○大阪事件

1885年11月に旧自由党の大井憲太郎らが、

「明治政府の取り締まりが厳しくて、国内は無理だ!海外で暴動を起こそう!」

ということで、朝鮮に渡る計画を立てた事件だね。

大井憲太郎らは朝鮮で独立した政党を作って、立憲政治を行おうとしたわけ。日本で無理なら海外でやろう!ってことね。

朝鮮で立憲政治を成功させれば、日本の政府にも影響を与えられると考えたわけ。

 

資金を集めるために、強盗を繰り返していたから事前にバレて逮捕されちゃたね。

 

 

○静岡事件

1886年、静岡県の旧自由党員が政府の高官を暗殺しようとした事件だね。

明治政府の取り締まりがすごいから、

「もうさ、大勢で挙兵しても勝てないよね。ひっそり大臣を殺そう」

という恐ろしい考えで、高官を暗殺しようとする事件だね。

これもスパイによって事前に発覚し、逮捕されてしまう。

ってかスパイすごいな!!と思える事件だね。

この静岡事件が急進派による明治政府転覆事件の最後となったね。

 

 

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