自由民権運動をわかりやすく。中心人物は板垣退助!

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今までは啓蒙思想や天賦人権説について紹介したね。

これらの思想ってのは人々に自由を与えようぜ!みんなで賢くなろうぜ!人間は平等だぜ!!

という思想だったから、明治政府に対して権利を求める運動になっていくんだよ。

これが自由民権運動につながっていくんだね。

自由民権運をわかりやすく

自由民権運動は、その名の通り自由を求める運動さ。

1870~80代に政府に対して民主的改革を要求した政治運動だね!

当時の明治政府は藩閥政治だったでしょ?薩摩と長州が牛耳っていたから、批判されていたのね。

「既得権益だ!」

ってね。もっと政治をみんなのものにして、民主的な世の中に変えていこうってのが自由民権運動なんだ。

具体的には、

憲法の制定
議会の開設
税金の軽減
不平等条約の改正
言論の自由
集会の自由

を政府に対して求めていったわけだね。

自由民権運動は1874年1月の民選議院設立建白書を皮切りにスタートしたと言われているよ。

明治初期に啓蒙思想家達によって、欧米の自由、民主の思想が入ってきて相まっていったわけだね。

 

ちょっと飛ぶけど国会が開設されたのは1890年の話だから、

1874~1890年の16年間が自由民権運動ってことで覚えておくと入試に良いかな。

 

民選議院設立建白書とは

まずね、ここ超重要。

民選議院設立建白書が出されたのは1874年ことだから!まだ西南戦争も起きていない時期だよ。西南戦争は1877年のことだから、3年前のことだね。

1873年 明治六年の政変で征韓論に敗れた人達が下野
1874年 民選議院設立建白書が出される
1877年 西南戦争

この時系列は必ず頭に入れておいてよ。

で、民選議院設立建白書ってのは征韓論で下野した旧土佐・肥前藩出身の板垣退助、後藤象二郎、副島種臣、江藤新平らが政党を作って、政府に建白書を提出したのね。

「国会開いてくれよ!!」

という要求だね。しっかり理解しよう。民選ってのは、民から選ぶってこと。

民選による議会を設立してくれ!!という要求書が、民選議院設立建白書なわけだね。

この出来事が自由民権運動が始まるきっかけとなったわけなんだけども、

明治政府は「まだ早いっしょ」として一蹴したわけだ。

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