田畑永代売買の禁令は実は意味ナシ!?

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前回は農村にかけられる様々な税について見てきたね。

大きく分けて一番メインの本途物成、伝馬役など夫役も含まれる小物成高掛物の三つだったね!

大まかにでもいいからどんなものがあったかを覚えておこうね!

 

さて、今回は農村に対する幕府の施策について見ていくよ。

多分みんな一度は聞いたことのある「田畑永代売買の禁令」だったりとか、「田畑勝手作の禁令」とかが登場するぞ!

田畑永代売買の禁令

「でんぱた」って読むとこ注意ね!(笑)

まずこれが何のために出されたか、だね。これには寛永の大飢饉っていう大規模な農作物の不作が関わっているんだ(寛永の大飢饉については今後改めて説明するね)。

農作物が不作で全然とれない、ってなると、困るのはもちろん農作物作ってる本百姓。そうして苦しくなった本百姓は田畑を売ってお金にしようとする。

こうなってくると幕府も困る。田畑を売って百姓がいなくなっちゃうと、納められる年貢が減っちゃうからね。

そこで百姓たちが没落しないために、この「田畑永代売買の禁令」を出したんだ。

でも実際は、質屋を介した「質流れ」で土地の売買は行われ続けていたから、あんまり機能しなかったんだ。

質流れは、期限までにお金が返済されなかった場合に、預かっていた物品が売りに出されることね。

田畑勝手作の禁令

これは何かって言うと、「田畑で五穀(米・麦・きび・粟・豆)以外のものを作っちゃダメ!」って法律。

なぜなのか。

幕府に納める年貢の多くは本途物成、つまり米が主であることが理由なんだ。「田畑で余計なものを作られちゃうと幕府に入ってくる年貢米が少なくなっちゃうよね」っていう考えから生まれた法律だったのね。

・・・なんだけどこれも結局は有名無実化しちゃったんだ。時代が進むにつれて米の値段が下がってきて、米作ってるだけじゃやってられなくなっちゃったからってのが大きな理由かな。

分地制限令

これは主に相続に関する話。農民が土地を分割相続するとき、名主なら20石以上、本百姓は10石以上の土地をもっていないと相続できませんよ、という法律。

これは、百姓の零細化を防ぐためのもの。土地がちっちゃい状態でさらに分割すると当然さらにちっちゃくなるよね。こうなると、いくら米を育てても絶対量が少ないから生活はすごく苦しくなる。だから分地を制限したんだ。

 

今回はここまで!

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