大日本帝国憲法の基本的な考え方は立憲君主制で欽定憲法だ!

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さて、やっとこさ大日本帝国憲法ができあがるよ。

中学生の日本史であれば、1889年大日本帝国憲法!くらい覚えてりゃいいんだけど、大学受験の日本史だと覚えることがたくさんあって困ったね。

伊藤博文が1882年からヨーロッパに視察してドイツの憲法を学んで、私擬憲法をがっつり無視して・・・とイベント盛りだくさんなわけだ。

 

今日は大日本帝国憲法の基本的な考え方と意義についていってみよう!

大日本帝国憲法の基本的考え方

まず、大日本帝国憲法の基本的な考え方は、、、

立憲君主制だぜ!欽定憲法だぜ!!

りっけんくんしゅ!りっけんくんしゅ!覚えたかな?

立憲君主制ってのは、君主(天皇)の権力が憲法で制定されている憲法のことだね。大日本帝国憲法の場合は、天皇の単独の意思によって制定された憲法ってことなんだわな。つまり、天皇が憲法を自分で作りましたよってことね。

天皇ってのは統帥権、戒厳令を出す権利、緊急勅令という天皇の大権がありましたから。権力を行使しまくれる人物だったわけだ。あっゴメン、神様かな。

 

日本国民に関しては、臣民(=しんみん)という位置づけで、あくまで主権は天皇にあったの。

考え方としては臣民は天皇のものだね。うーん、天皇になりたい!

という冗談はさておき、臣民は法律の範囲内において自由が保障されている存在だったわけ。でも、臣民は財産権も認められていたし、職業選択や居住地の自由は認められていたよ。江戸時代より100倍いいね。

公布:1889年2月11日
施行:1890年11月29日

大日本帝国憲法の意義

なぜ、そこまで憲法が欲しかったのか?

憲法が当たり前にある現代において、なかなか理解できないことかもしれないね。

 

大日本帝国憲法ってのは東アジアで初めての近代的憲法だったんだよ。

前にもちょっと話したけど、日本は欧米諸国と不平等な条約を結んでいたから一刻も早く条約を改正したかったわけ。

でも欧米諸国にとっては憲法もない国家だから国として認めていないよ!くらいのノリだったわけね。

そこで憲法を制定して、「独立した近代国家」として諸外国に認めてもらいたい!!という気持ちが当時の日本人にはあったんだよ。だから憲法が必要だったのね。

 

事実、憲法が制定された日は日本国民はお祭り騒ぎでパレード行うわ、イルミネーションを飾っちゃうわで大喜びだったんだよ。

自由民権運動家も大日本帝国憲法を高く評価していてね。福沢諭吉も日本人の知力が増して政府の力を国民に分担していくことを喜ばしく思っていたんだよ。

 

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