第一次長州征伐で西郷隆盛に気が変わる。

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禁門の変で長州が負けたことは伝えたよね。

会津・薩摩藩にコテンパンにやられるんだけども、なんで禁門の変って名前だったんだっけ?そうそう。御所の門は禁門って呼ばれてたから、禁門の変だったよね。

実は、長州はとんでもないことをして孝明天皇にブチ切れられるんだよね。禁裏に銃弾ぶっぱなしたの!なかなかやるよね。長州藩。

そんなタブーを犯した長州藩を潰すため、孝明天皇は「長州征伐(せいばつ)」を行うんだね。長州征伐は2回あって内容が全然違うから要注意だよ。

 

第一次長州征伐(ちょうしゅうせいばつ)

さっきも言ったけど、この長州征伐を命じたのは孝明天皇なわけ。

同じ攘夷を志した者だったのに・・・孝明天皇もなかなかやるね。

江戸幕府としても、禁門の変で長州をやっつけて自信満々の最中だったから、孝明天皇に勅命を貰えたことはかなり嬉しかった出来事なのよ。

「よっしゃー!これを機に、江戸幕府を信頼を回復できるぜ!!」

って江戸幕府は喜んでたの。

家茂は21の藩に、「長州倒しに行ってこい!」と命令をするの。

 

でもね・・・諸藩は乗り気じゃなかったの。めっちゃお金かかるし、長州藩さすがに可哀想だし、こんな外国にやられまくりで財政も奮わない時に、戦力を失うのも嫌だし。

ってことで、なぁなぁね。

しかも、諸藩としてはこれで江戸幕府にまたでかい顔されても困るわけ。せっかく力が衰えてきたところだから。

 

 

西郷隆盛の気が変わる

諸藩は、長州征伐に乗り気じゃなかったんだけど、1人だけ乗り気な男がいたのね。それが西郷隆盛。

「宿敵の長州藩を倒せるチャンスじゃー!!」

と意気込むんだけど、西郷隆盛の気持ちを変化させるのが勝海舟ね。

久しぶりに勝海舟の話するから、忘れちゃった人もいるかな。

遣米使節でアメリカに行っていろいろ学んだんだよ。咸臨丸で太平洋を横断した人さ。

勝海舟は世界を見てるから、自分の藩のことしか考えていない西郷隆盛に、

「もっと世界に目を向けなきゃダメだよ。長州征伐?違う違う。・・・倒幕だよ。」

と、考え方を改めさせるわけ。西郷隆盛自身も長州を討ったら、江戸幕府の力が復帰しかねないと、危惧していたのね。

 

そんなわけで、「戦わずして勝つ」という方針で、諸藩に話したところもちろん納得。

長州も「すみませんねぇ」ってな具合で恭順の態度を取るのね。恭順(きょうじゅん)ってのはつつしんで従うって意味ね!これで長州藩内の攘夷派の動きは少し収まるわけなんだわな。

 

これが第一次長州征伐の結末ね。

別名:征長の役(せいちょうのえき)、幕長戦争(ばくちょうせんそう)とも言うよ。

 

孝明天皇・・・禁裏を銃撃されてブチ切れ。長州潰す。
江戸幕府・・・孝明天皇キレてる、ラッキー。長州潰して幕権強化!
諸藩・・・征伐したくねー
西郷隆盛・・・待てよ。もっと将来のことを考えて行動せなばならん!

といった具合の考え方なわけだね。長州藩としても、池田屋事件・禁門の変でかなりの有力人物を失っているからここは素直に聞いておかないといけなかったんだね。

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