明治時代

条約改正はまず流れと人物を掴もう。【覚え方】

1858年の安政五カ国条約で日本は不利な条約を結ばされたわけだ。

「こーしてはいられん!」と憲法を作って、富国強兵をして、地方を統治して・・・などなど欧米列強と対等に渡り合うために日本はすごい勢いで成長したわけさ。

それもこれも不平等な条約を改正するためなんだ。

 

この条約改正は大学入試でも出題されやすい内容だから、細かい部分はあとでやるとして・・・まずは流れをしっかりと掴もうぜよ。

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品川弥二郎が作った国民協会は1892年に発足。

さて、前回は品川弥二郎の無残な選挙干渉についてやったね。

お金で有権者を買収するわ、民党の人たちを文字通りボコボコにするわ、でなんでもアリの選挙だったわけだ。それでも政府側は惨敗!

民党に過半数を取られてしまったわけだよね。俺は、お金や暴力に屈さない人々の意思に感動する!とともに、今の政治にも世論のこういった気概が欲しいなと思っているよ。

 

そんな品川弥二郎は引責辞職後に国民協会を立ち上げるよ。

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第一次松方内閣での出来事つづきと品川弥二郎の選挙干渉。

前回は蛮勇演説についてやったよね。

樺山資紀いいよね。「誰のおかげで日本がこんなに豊かになったと思ってたんだ!薩長だろ!ちょっとぐらい我慢しろ!!」

って演説した人物だね。これには民党はブチ切れなわけなんだけども、第一次松方内閣(=第二議会)で、もう1人大事な人物がいるよ。

それは・・・品川弥二郎!!

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民党と吏党をもう一度おさらいしてみよう。初期議会での吏党。

さて、もう一度民党と吏党を復習してみようぜ。

初期議会でのキーワードってのは、立憲自由党や立憲改進党の民党と藩閥政府の戦いなんだよな。

立憲自由党や立憲改進党ってのは民党って呼ばれていて、野党なの。

人々の税金を減らすために「政費削減」を謳うんだけども、藩閥政治は軍事費を拡大したかったんだよね。

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地味な立憲自由党は第一議会の時の民党なんだぜ!

立憲自由党って一時期だけ活動していたから、ちょい地味だよね。

でもね、この立憲自由党の動きから第一議会の関連キーワードを覚えていくことによって、この時期の流れってのは深く掴めるんだよ。

超然主義自体がよく掴みづらいかもしれないけど、この第一議会の流れは何度も言うぜ。

 

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初期議会をわかりやすく。

さて、1870年代からスタートした自由民権運動。

政府に対して民主的改革を求めて、人々は武器を取り血を流し、権力に対して自由を求めていった結果、それが議会だよね。やっとこさ、国会開設にまでこじつけて、やっと自由を手に入れた!!

と思いきや、黒田清隆の超然主義演説。

今度は、民党と藩閥政治の戦いなのだ!!

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黒田清隆の超然主義は理解しづらいかもしれない。

今日は超然主義についていってみよう。

大学受験の日本史勉強している時に、今までの流れがわかっていないとこの「超然主義」ってのは理解しづらいかもしんない。

超然?はぁ?って俺も思ってたもん。いやー、こーゆー時に流れって大事なんだーって痛感するよね。

 

黒田清隆が2月12日に、「俺ら、超然なんで!!」って宣言したんだけど・・・今日はそれについていってみよう。

 

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梅謙次郎と穂積八束はボアソナード民法に対してまったく逆の立場。

前回はボアソナードの民法典論争についてやったね。

はぁ?ボアソナードなんてフランス人の個人主義野郎だろ!?こっちは儒教出身ですからね!!そもそも日本に合ってねぇんだよ!!

ってのが民法典論争だったね。結局、明治民法が1896年に公布されてボアソナード民法は旧民法と呼ばれているね。

このボアソナード民法に対してまったく逆の反応を示した日本人をお二人ご紹介します。

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民法典論争のボアソナードは法律に強い法学者だよ!

ボアソナードって響きかっこよくない?

この名前、明らかに法律に強い感じするもんね。

明治政府はね、条約改正に向けて日本を近代的な国家にしたかったら、法律の整備にも力を入れていたんだよ。だから、諸外国の法律に強いフランス人、ボアソナードをお雇い外国人として雇っていたわけ。

 

そんな、ボアソナードと民法典論争はセットで知っておきたいことだね。

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