明治時代

三国干渉の理由をわかりやすく。その後のスローガンは臥薪嘗胆!

日本は下関条約で清国からいろんなものを得たね。賠償金2億両(テール)もさることながら、領土の割譲、日清通商航海条約の締結、開港、租界なんかは嬉しいことだらけだ。

これで、ようやく日本は朝鮮から清国の勢力を一掃して、大陸進出の第一歩を築いたわけだ!!

やったー日本!おめでとう日本!!!

そんな日本の出鼻をくじくかのように・・・下関条約のわずか6日後に三国干渉が起きるわけ。

今日はこの三国干渉の理由についていってみよう。

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下関条約の内容と得たものをわかりやすく。全権代表は李鴻章!

日本が日清戦争で清に勝ったね。

長年、朝鮮の支配に関して揉めてた日本と清国は甲午農民戦争をきっかけに戦争に突入したんだよね。日本は明治維新以降、近代化を推し進めていたから、福沢諭吉の脱亜論で述べられているように、清国のように近代化の進んでいない国に勝ったわけだ。

この日清戦争で、欧米列強は中国の分割に力を入れるよ。

さて、日清戦争が終わった結ばれた下関条約について見ていこうか!

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日清戦争が起こった原因は甲午農民戦争だったよな!今日は詳しく日清戦争。

さて、日清戦争の原因が甲午農民戦争であることは前回やったね。

『甲午農民戦争みたいなことが朝鮮で起きるから、日本と清国は共同で朝鮮の内政改革をしよう!』と日本が清に提案したのに、清は見事拒否。同年に青木周蔵が日英通称修好条約を結んでいて、イギリス様も好意的だったんだよね。

日本としても壬午軍乱以降、軍事費にお金をかけて戦争の準備をちゃっかりしていましたから、日清戦争突入は願ったり叶ったりだったわけ。

今日は俺ら大学受験の日本史組がおさえておくべき日清戦争のポイントについていってみよう。

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甲午農民戦争(東学党の乱)をわかりやすく。日清戦争勃発のお知らせ。

さて1884年の甲申事変以降、親日派・改革派は朝鮮から一掃されてしまいましたね。

壬午軍乱前は日本よりだった閔妃も清にべったりになりますし、よもや朝鮮では日本ってのは鬱陶しい存在くらいになってたわけだ。防穀令なんて出して日本への穀物輸出禁止までしちゃうからね。

そもそもこの時期の朝鮮なんてのは全然近代化していないからさ、クーデター、暴動なんてのは当たり前だからね?今の俺らの感覚で歴史を理解しようとしちゃダメだよ。

 

そんな中起こったのが甲午農民戦争。これがきっかけで日本と清は戦争に突入していくわけ。

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福沢諭吉の脱亜論とは韓国(朝鮮)の動乱で書かれたすごい論説!

前回でひとまず朝鮮の動乱は終わったね。

この朝鮮と清の一連の事件に関して、痛烈に批判をして新たな価値観を持つべきだ!としたのが、福沢諭吉だよ。そうあの福沢諭吉。

学問のススメで『天は人の上に人を作らず 天は人の下に人を作らず』って書いた人だよね。あれは人間皆平等!って話じゃないからな?

平等なんでしょ?だったらなんで金持ちや貧乏人がいんの?幸せな人と不幸な人がいんの?・・・ちがぇよ!!学問をしたか、しなかっただぜー!!勉強しろい!って本だからな。

 

話はそれたけど・・・この朝鮮や清の動きに対して、福沢諭吉が発表したのが脱亜論なの。

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壬午軍乱→甲申事変→日清戦争までの経緯まとめ

今日で、ひとまず朝鮮のお話はおしまいね。

一問一答ばかりの勉強だとどうしても、「日本と清が戦争して日本が勝った」って終わっちゃう受験生は非常に多いんだな。で、結局なんで日本と清って戦争したの?

という部分の理解が深まれば、入試の問題文が良くわかるわけ。結局、入試の問題だって教科書のごとく説明で書いてあるでしょ?

だから、流れってのを理解するのは非常に重要なわけ。

では、ここ数記事のまとめね。

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1885年の天津条約の内容は甲申事変の後処理条約です。

今日は不発に終わった甲申事変の後処理条約、天津条約について。

1858年にも天津条約ってのがあって、こっちはアロー戦争後に結ばれた条約だから、ごっちゃにならないように気を付けてな。

1885年の方の天津条約の方が日本史の勉強では大事だからな!年号も似てやがるからまったく嫌になっちゃうよな。

 

へ?甲申事変ってなんですか?って殴るぞ、この野郎!

金玉均と朴詠考が独立党を結成して、閔妃一族を殺そうとしたクーデターだろ!清がフランスと戦争してるのを良いことに起こしたクーデターだってば!

やれやれ。反省して過去記事見ろよな。

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壬午軍乱から甲申事変までの流れと独立党は一体なんだ!?

さて、朝鮮に関する記事はまだまだ続くよ。

大院君によるクーデター壬午軍乱によって、閔妃は清国に助けを求めたね。親日派の閔妃は清側に寝返ったわけだ!

実は清は壬午軍乱のおかげで、朝鮮に6,000人もの軍隊を駐在させるようになった閔妃を傀儡とする実効支配を強めていってたわけですよ。

これに反発したのが、前回の記事で話してた金玉均と朴詠考なわけなんだね!

今日はその甲申事変についてみていこう。

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済物浦(さいもっぽ)条約とは壬午軍乱の後に日本と朝鮮で結ばれた条約!

前回は壬午軍乱についてやったよね。

高宗のお父さん、大院君と高宗のお嫁さん閔妃による争い。それが壬午軍乱!!高宗はどんな気持ちだったんだろうね。実の父親大院君と嫁の閔妃の争いなんてさ。

俺も自分の父親と嫁さんがバチバチやってたら・・・なんて想像すると胃が痛くなるよ。ウチ?あぁ大丈夫。心配しないで。父親は嫁さんに甘々だからさ。平気だよ。

壬午軍乱ってのは結局のところ清が出兵して鎮圧されてよね。

でも、日本は軍事顧問が殺されたり、公使館が焼き討ちされたんだよ?どうする?

今日は済物浦条約じゃい!!

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朝鮮王朝の大院君(たいいんくん)と閔妃(びんひ)による壬午軍乱とは。

さて、前回は日清戦争の大まかな流れをやったね。ロシアの南下政策と欧米の北上に恐れた日本は朝鮮を実効支配したかったんだよね。

でも清が『はぁ?朝鮮は清の属国。ぞ・っ・こ・くなんだよ!・・・ペッ!!』と日本に唾を吐きかけていたわけなんだ。ここで朝鮮の視点から見ていくってことも非常に重要なんじゃないかな。

俺ら日本史組は世界の話になっちゃうと一気に、面倒になっちゃう癖があるから!この朝鮮のバックグランドについても覚えておいてあげようよ。

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