江戸時代

浄瑠璃作者・竹田出雲(二代目)の『仮名手本忠臣蔵』とは?

前回まで、宝暦・天明文化期の“俳句・川柳”について見てきたね。

松尾芭蕉以降落ち目だった俳諧を再び盛り上げた与謝蕪村や、川柳を生み出した柄井川柳がいたよね。

 

さて。今回は芸能分野だ。

浄瑠璃作者として大きな注目を集めたのが、竹田出雲(二代目)だ。

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柄井川柳(からいせんりゅう)は川柳の始祖!

前回まで、俳句と川柳の違いについて見てきたね。

違いをちゃんと理解できたかな?

 

一番の違いは連歌から分岐した部分だったよね。

 

平句から分岐したのが川柳だったわけだけど、今回はその創始者である柄井川柳(からいせんりゅう)について見ていこう。

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俳句と川柳の違いを徹底解説!季語の有無だけじゃない!

前回は、俳句と川柳の分岐について見てきたね。

同じ連歌から派生したものでも、俳句は「発句」から、川柳は「前句付け」から派生したんだったね。

 

今回は、前回見てきた分岐のほかにある川柳と俳句の違いについて見ていくよ。

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俳句と川柳は「連歌から取り出した部分」が違うぞ!

前回まで、絵画的な俳句を詠み、優れた文人画を描いた稀代の芸術家・俳人の与謝蕪村を見てきたね。

芭蕉が起こした蕉風俳諧の時代にあった「深み」を復活させた人物だったね。

 

今回見ていくのは、川柳だ。

 

といっても、川柳と俳句の違いって、季語の有無くらいしか分かんないよね。

実は、同じ俳諧連歌から分岐したものなんだけど、異なる分岐の仕方をしたんだ。

 

詳しく見ていこう。

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与謝蕪村の俳句の代表作は?絵画的な俳句ってなに?

前回は、江戸時代を代表する黄表紙作家のひとり、恋川春町について見てきたね。

『金々先生栄華夢』で一躍人気となったけど、そのあと出した『鸚鵡返文武二道』が寛政の改革を風刺してしまった為に弾圧されたんだったね。

 

今回は、「俳句」分野で大きな功績を残した人物である与謝蕪村(よさぶそん)について見ていこう。

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恋川春町は黄表紙の大人気作家!『金々先生栄華夢』が大ヒット

前回は、代表的な洒落本・黄表紙作者の山東京伝について見てきたね、

深川の遊女を描いた『仕懸文庫』が大人気になるけど、寛政の改革でこれが発禁になり京伝も罰を受けてしまったんだった。

 

今回は、京伝と同じ時期に活躍した黄表紙作家・恋川春町を見ていこう。

 

恋川春町は武士だった!

恋川春町は、なんと武士の子供。

紀州徳川家の家臣として生まれ、のちに藩士となりどんどん出世を果たし、藩の中枢にまでかかわるようになる。

恋川春町ってのはペンネームで、本名は倉橋格(いたる)という名前。

 

藩の政治に参加する一方で、浮世絵の技術などを教わり、文章から絵まですべてを自分で書いた『金々先生栄華夢』(きんきんせんせいえいがのゆめ)という黄表紙を発刊する。

 

この物語のあらすじはこんな感じ。

(「金々先生」とは当時の流行語で、流行の先端をいく金持ちの粋人を意味する。)

江戸でひともうけしようとする田舎者・金村屋金兵衛は、目黒不動で名物の粟餅(あわもち)を食べようとし、餅ができあがるまでのちょっとした間にうたた寝をしてしまう。

うたた寝中、裕福な商人の婿となって遊郭などで遊び栄華を極めたものの、遊びすぎてブチギレられ勘当の身となる・・・という夢を見た。

この瞬間、「人間なんて、一生の楽しみもしょせん粟餅のできあがる束の間の夢にすぎないんだなあ・・・。」と悟る。

そして田舎者は江戸に行かず、田舎に帰っていく。

 

というストーリー。

ザ・夢オチだ。

 

この『金々先生栄華夢』はこれまでの黄表紙とは違い、非常に知的かつお洒落、さらに当時の社会状況を上手いこと反映していることで大人気となる。

 

しかし、1789年に発刊した黄表紙である鸚鵡返文武二道(おうむがえしもんぶのふたみち)』で、当時松平定信が行っていた「寛政の改革」を批判してしまったことで弾圧を受け、間もなく病気で死亡した。

自殺だったのではないか、とも言われている。

まとめ

黄表紙というジャンルを確立したといわれる恋川春町。

知的でお洒落という部分が当時の世俗にマッチしていて、大流行したんだ。

山東京伝は洒落本の作者!遊女と結婚?

前回は、江戸時代の大衆本の種類について見てきたね。

洒落本や草双紙などがあったよね。

 

今回は、そんな洒落本や黄表紙を書いた著名作家のひとり、山東京伝(さんとうきょうでん)を見ていこう。

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江戸時代の大衆本って?洒落本や草双紙、黄表紙を解説。

前回は、江戸時代のレンタル本屋、「貸本屋」について見てきたね。

貸本屋は、高価な本をレンタルで貸し出すことにより、多くの庶民に親しまれたんだった。

 

今回は、その貸本屋で貸し出されていた本について詳しく見ていこう。

 

洒落本とは

洒落本は、「遊郭での遊びについて」書かれたもの。

現代風に言うと、風俗の体験記みたいな・・・。

 

「粋(いき)」の精神を重視していて、あか抜けた、自然な色気がある男がよいとされた。

逆の言葉は野暮という。

 

洒落本では、遊女と客の駆引きや、野暮な男を笑い飛ばしたりと言った内容が多い。

それだけでなく、実際に遊郭に行った時の遊び方のガイドブックとしても有用だったという。

 

本自体のサイズは意外と小さくて、コンニャクくらい。(蒟蒻本とも言われた。)

 

草双紙とは

草双紙は、ごくごく一般的な挿絵入りの本のこと。

草双紙は時代ごとに呼び方と内容が異なる。

 

最初は「赤本」とよばれ、『桃太郎』『さるかに合戦』のような子供向けの絵本が主だった。

 

これが宝暦のころになると、「黒本」という、歴史物語から恋愛物語、歌舞伎の話や浄瑠璃の話など様々な物語のものになる。

 

「黒本」と同時期に「青本」と呼ばれるものも登場した。黒本よりももっと大人向けで、恋愛物語や遊郭の物語、または滑稽な物語が主だった。

 

その「青本」がさらに進化したのが「黄表紙」

古典をベースに洒落や滑稽と言ったものを混ぜて「漫画風」に書いたもの。

面白おかしくてイラストも多く、まさに今の漫画に近い。

 

しかし、黄表紙が寛政の改革で規制されて、面白おかしい話が書けなくなってしまった。

で、その後に続いたのが「合巻」

 

黄表紙の真面目な歴史本を10冊くらいまとめて綴じたのが「合巻」だ。

 

草双紙はこれらの総称だ。

 

まとめ

江戸時代では、庶民たちにとって本は重要な娯楽の一つだった。

貸本屋を使えばレンタル料も高くないから、非常に親しまれたんだよ。