足高の制で優秀な人材にはボーナスを!役高、禄高って?

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前回は、享保の改革の一つ、相対済し令について見てきたね。

 

相対済し令は、とんでもない量の公事(特に金公事)を裁ききれずパンパンだった評定所を救うための政策だったね。

 

今回は、享保の改革の中から「足高の制」をチョイスしたよ。

 

どんな制度だったのか見ていこう。

 

足高の制は「人材登用制度」

 

足高の制は、一言でいうと「優秀な人材をより多く確保するための政策」。

 

江戸時代では、役職に応じて「役高」なるものが定められていた。

 

「この役職に就くためには年収1千万以上に人じゃないとダメよ」みたいな制限がついてるんだ。

 

役所で重要な役職に就こうと思うと、この年収制限額みたいなのがどんどん上がっていく。

 

しかし、だいたいこの給与額ってのは「家柄」で決まっていて、格の低い家はいつまでたっても低いままという場合が結構あった。

だから給料は家ごとに固定されていたと考えてほしい。

 

たとえ優秀な人材がいたとしても家の格が低ければ、建前上は重要ポストに登用できなかったんだ。

 

こういった弊害を解消するために、足高の制が生まれた。

 

足高の制で「給料アップ!」

 

足高の制は、家の年収が低いせいで重要な役職に付けない人がいた場合、重要な役職の「役高」に不足している額を支給してあげるという制度。

 

一つ例を出そう。

 

Aさんという、すこぶる優秀だけど家柄が低い人がいたとしよう。

年収は600万円で固定されている。

 

とっても優秀なんで、事業部長になってほしいと上層部は思う。

だけど事業部長になるには1000万の年収がないとダメ!という決まりがある。

 

ここで、足高の制の出番だ。

 

このAさんにプラスで400万の給料を与えて、年収を1000万円にする。

これで晴れて事業部長に就任させることができる・・・。というわけだ。

 

つまり、家禄が低い人にゲタを履かせるわけだね。

 

こうして、優秀な人材を多く確保しようとしたんだ。

 

もう一つ覚えておきたいのは、この制度は「役職についているときのみ」。

この役職を引退したら、元通りの家禄に戻ってしまう。

 

これは幕府が財政難だったから、無駄な出費を抑えようとしたことが理由。

だけど結局なあなあになって上手く機能しなかった。

 

まとめ

優秀な人材が、家柄のせいで登用できないのは幕府にとってもったいないこと。

これを改善しようとした足高の制はとてもいい政策だったんだね。

 

ちなみに。実は足高の制が敷かれる前から、こういったことはひっそり行われていたんだ。

それが吉宗によって、公式化されたんだよ。

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