老中安藤信正は公武合体を進めた中心人物。

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前回は尊王攘夷運動について話をしたね。天皇を推して、外国人追い出そうぜ運動だよ。

天皇を推すってことは江戸幕府を否定する!ってことだから。尊王攘夷組は不平等条約で完全に江戸幕府を信頼してないのね。

江戸幕府も黙ってなーい!!幕府の権威を回復させるために、天皇に近づくよ。今日はその話。

公武合体ってなんだ?

公=朝廷
武=幕府

これを合体させようって話。下ネタじゃないよ。

あっ。孝明天皇の妹和宮が徳川家茂んところに嫁いでるから、あながち間違ってないかも。

まずさ、なんで幕府がこんな公武合体をしようとしたか考える必要があるよね。

1、幕府の信用が失墜してた。

対外政策でだらしないところをみんなに露呈しちゃったから、江戸幕府の信頼は落ちてたのね。

井伊直弼も天皇の勅許なしに、勝手に日米修好通商条約を結んじゃうし。

2、水戸学や朱子学が熟成されてた。

水戸学や朱子学で尊王という概念が長い年月で広まっていった。

 

という背景があるわけ。

だから幕府側は天皇の力を利用して、幕府の信用を取り戻そうとしたの。

 

桜田門外の変で、井伊直弼が暗殺された後は安藤信正が老中になるんだけどもこの安藤信正という人物が公武合体を進めていくよ。

安藤信正について

 

安藤信正が取り組んだ公武合体運動は孝明天皇の妹和宮を14代将軍の家茂と結婚させることだね。

和宮を徳川家茂と結婚させることには成功したんだけども、尊攘派がブチ切れちゃって志士6人が安藤信正のことを襲うんだよね。

これが、坂下門外の変!(さかしたもんがい)と言うよ。

 

安藤信正は背中に傷を負うんだけど、背中の傷は武士の恥!って言葉があって、結構非難されるわけだ。

ワンピースのゾロも鷹の目のミホークと戦った時に背中は見せなかったのにね。

 

 

結局、安藤信正は公武合体運動を成功させることはできなかったわけだ。

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