明智光秀ってどんな人物?なぜ本能寺の変は起きた?

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さて、今回は天下統一目前だった織田信長を突然殺害した明智光秀についてだ。

当時一番の権力者であった信長を倒したことで、明智光秀が事実上天下人となる。

 

しかし、その栄光も長くは続かなかった。

詳しく見ていこう。

明智光秀は当初浪人だった

若いころは、明智氏の武将として生まれ、斎藤家とつながりがあったといわれている。

斎藤家の内乱では、斎藤道三側についていたため、義龍が道三を倒すとそのまま明智城も落とされてしまう。

こうして自分の城を失った光秀は浪人となってしまう。

その後は朝倉氏に仕えたり足利家の幕臣となったりして食いつないでいった。

 

そんな中、上洛しようとする織田信長と義昭を仲介したりしたことでつながりが生まれ、比叡山焼き討ちでは光秀が大きな戦果を挙げたために信長に重用されるようになる。

 

なぜ本能寺の変を起こしたのか

秀吉の援護に向かうはずの明智光秀が、突然京都に戻ってきて信長のいる本能寺を包囲した理由については長らく謎とされていた。

しかし、最近になってどうも「足利義昭とともに室町幕府を再興しようとしていた」説が浮上している。

義昭が京都から追放された後もつながっていたというんだ。

 

書簡なども発見されてこの研究が進んでいる。

 

まとめ

明智光秀は、重用してくれていた信長を殺し、自らが天下に一番近い男となる。

しかし、これを許さなかったのが羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)。

 

秀吉は裏切り者の光秀を討つべく遠征から戻ってくる。

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