相対済し令は旗本救済のためではない!史料も掲載

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前回では徳川吉宗が行った「享保の改革」についてザックリ解説したから、今回からはその内容について詳しく見ていこうと思う。

 

今回は、相対済し令。

 

地味っちゃ地味な法令なんだけど、実はとても重要な政策だったんだよ。

相対済し令はなぜ出されたの?

 

前回も開設はしたけれど、もう一度おさらい。

 

徳川吉宗の時代、「金銭にかかわる訴訟」が非常に多くなっていた。

江戸時代の裁判所は「評定所」っていうんだけど、この評定所に一年で持ち込まれる公事(民事訴訟)の量がえげつない。

 

この相対済し令が出される一年前、公事総数はなんと35,790件!

その中で特に多かったのが、「金公事(金銭にまつわる訴訟)」。

35,790件中金公事が33,037件

 

全民事訴訟のうち90%以上が金銭トラブルだったんだ。

 

中でもひどかったのが、札差と旗本・御家人間の金銭トラブル。

札差はもともと旗本や御家人の蔵米(給料)をお金に換金する業務をやってたんだけど、次第に金融業もやるようになって巨万の富を得るようになったんだ。

 

で、金に困った旗本や御家人に高利で貸し付けてさらに儲けていたんだけど、ここで金銭トラブルが多発したわけだ。

 

あまりに膨大だったせいで年内に解決しきることができず、結局処理できたのは11,651件のみ。

 

こりゃあまずいよね。

年々処理できない公事が増えていっちゃうことになるからね。

 

相対済し令の目的

 

これを解決するために出されたのが、相対済し令だったわけだ。

「金銭トラブルは当事者同士で解決してくれ!裁判所に持ってこないで!」という法令だったね。

 

ただし、これには例外がある。

 

  • 利息を伴わない金銭トラブル
  • 宗教目的で寺院に寄進するお金についてのトラブル
  • 相対済し令を悪用した借金踏み倒し

これらは評定所に持ち込んで裁判ができた。

 

というのも、これは旗本を救うためにあった法令ではなくて、あくまで評定所のパンク状態を解消するため。

決して借金だらけの旗本を裁判沙汰にしないように、という目的の法令ではないから注意ね。

 

史料はこんな感じ。

享保四亥年十一月

一、近年金銀出入段々多く成り、評定所寄合の節も此儀を専ら取扱い、公事訴 訟ハ末に罷成り、評定の本旨を失い候。借金銀・買懸り等の儀ハ、人々相対 の上の事ニ候得ば、自今は三奉行所ニて済口の取扱い致す間敷候。併し欲心 を以て事を巧み候出入りハ、不届き糾明いたし、御仕置申し付くべく候事。
一、只今迄奉行所ニて取上げ、日切に申付け、段々済寄り候金銀の出入も、向 後罷出で間敷き由申し付くべく候事

 

まとめ

「借金の旗本を助けるため」という認識があるけど、悪質な借金踏み倒しをしようとしている旗本や御家人には厳しく対処をしていたらしい。

 

あくまで「裁判を円滑にするため」だったってことを覚えておこう。

 

 

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