55年体制が続いた理由とは?問題点についても。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

今(2018年)の日本で政権を握っている政党がどこかは知ってるよね?

自由民主党(自民党)だ。

 

戦後2回だけ自民党が野党になったことがあるんだけど、それ以外は全部自民党が政権についている。

特に1955年~1993年までの約40年は、ず~っと自民党が与党だったんだ。

 

この長い期間を「55年体制」って呼ぶ。

 

じゃあなんで自民党一強の時代が続いたのか。

これにもやっぱり、当時の一大問題だった「資本主義と共産主義の対立」が関係しているんだ。

 

55年体制って具体的にどういうこと?

 

55年体制っていうのは、一言でいうと「自民党が常に第1党で、日本社会党が第2党」という状態のこと。

第1党ってのは与党のことで、第2党ってのは野党で一番議席を持ってる党、と考えるといい。

 

この構造が1955年から続いていったんで、「55年体制」と呼ばれている。

 

55年体制をもっと具体的に言うと、自民党が常に議席の2/3くらいを持っていて、日本社会党が議席の1/3くらいを持っている状態。

つまり、力を持ってる政党が自民党と日本社会党の二つしかない状態ともいえるわけだ。

 

二大政党制、なんて言ったりもする。

 

55年体制ができた理由

 

実は55年体制ができたのには、冒頭でもちょこっと触れた「資本主義」「共産主義」の対立が関係してるんだ。

 

日本社会党、って名前からして完全に共産主義の影響を受けてるよね。

1955年になる前までは、思想の違いから社会党が真っ二つに割れていたんだけど、これが1955年に合体して「日本社会党」っていう大きな政党になった。

 

そしたらなんと持ってる議席数が全体の1/3になっちゃった。

 

 

これを見た資本主義側の自由党(保守派と呼ぶ)は、「マズい!このままほっとくと日本社会党に与党の座を奪われるかもしれん・・・。」と考え始める。

 

そこで、同じく保守派だった民主党と合体して、「自由民主党」が誕生する。

 

この結果、自民党の議席は2/3近くになったんで、とりあえず日本社会党が与党になる可能性はつぶすことができた。

 

で、この構造がず~っと変わらず1993年まで続くわけだ。

 

ただ、日本社会党が議席の1/3をずっと持ち続けたことで、自民党側はやりたいと思っていた憲法改正がずっとできなかった。

憲法改正には2/3の賛成が必要だもんね。

 

だから「政権は変わらないけど憲法も変わらない」という状態だったわけだね。

 

この後だけど、日本社会党はだんだん支持を失って弱くなっていき、対する自民党も数々の汚職事件をかましたんで信頼を失っていく。

そして1993年、新しい政党である日本新党に与党の座を取られることになる。

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

オススメの動画コンテンツ

低料金で最大の効果を発揮するコンテンツ

・音情報で理解を高めたい
・知識を入れながら、流れも理解したい
・息抜きに動画で学習したい

方はスタディサプリの動画コンテンツがオススメです。【14日間の無料トライアル】ができます。

スタディサプリの無料体験

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*